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第27話
あれから2週間が経つ。
地方大会まであと2日だというのに、晴樹はずっと部活を休んでいた。選抜の練習には顔を出しているらしいが――。
今のチームは晴樹のチームだと言ってもいい。圧倒的な存在であり、大黒柱だ。それを失った今、チームは不安に包まれていた。
***
「運命の番って、都市伝説じゃなかったんだな」
帰り道、那央也さんはしみじみと呟いた。
「言い触らさずにいてくれたり……他にも色々と、本当にありがとうございます」
何度目か分からないお礼を口にすると、柊斗も隣でぺこりと頭を下げた。
あの日、那央也さんが部屋に残り、晴樹とどんな話をしたのかは知らない。が、今は間に挟まり良くしてくれている。巻き込んでしまって申し訳ない反面、事情を知り、気にかけてくれる存在は大きかった。
「……あのさー、1つだけ言わせて?」
那央也さんがタタッと前に出て振り返り、足を止める。
「君たち、今じゃなくても良かったんじゃなーい?」
そう言って、僕と柊斗を交互に見た。
ノリは軽いが目が笑っていない。痛いところを突かれて、僕は俯いた。
「こいつの発情期もあったし、仕方がなかったんです」
「そんなの知らんよぉ! 夏が終わるまでは部活に集中しろよぉぉ……俺達2年はな、晴樹さんと一緒に全国行くって、ずっと夢見て頑張ってきたんだぞ?」
那央也さんがこめかみをグリグリと押さえる。
「すみません……」
僕は謝るしかなかった。
「頑張って負けたなら仕方ないけどさ? 部長が失恋してチーム崩壊しましたって、不完全燃焼すぎんじゃん」
「まだ負けてないです」
「ああもぅっ、減らず口ぃぃ!」
那央也さんは “部内恋愛禁止ぃぃ” と叫びながら走り去った。
確かに柊斗の言う通り、まだ負けてはいない。だが、このままでは確実に負ける。
僕だって、このまま終わるのは嫌だ。部活では晴樹無しで試合に出る練習をしているが、しっくり来ないというか、みんな納得していないというか……毎日モヤモヤしている。
「なんでこうなっちゃったんだろ……」
つい、弱音を吐いてしまった。
「自分を責めすぎんなよ。今回のことが無くたって、試合っつーのは怪我で出られないとか色々あるもんだろ」
柊斗は励ますように、僕の背中を叩いた。
***
「あ……」
寮の前まで来ると、外灯の下に誰かが立っていた。
シルエットで分かる。晴樹だった。
「久しぶり」
晴樹が力なく笑うと、柊斗は僕を隠すよう前に立った。
「お久しぶりです……ってか部活、もう来ないんすか?」
「その件について、凌と2人で話してもいいかな」
「オレもいたらダメですか?」
「お願い、少しだけだから……」
緊張感の漂う中、ふと寮のエントランスから声がした。先に走って帰った那央也さんだ。
「柊斗っ! こっちこっち!」
柊斗が躊躇いつつも手招きに応えると、そのまま肩を組まれて中へ消えていった。
「……凌、今までごめん」
晴樹の声で視線を戻すと、僕に向かって深く頭を下げていた。
「ぼっ、僕の方こそごめん! 僕がΩだったせいでこんな……」
僕も慌てて頭を下げる。
今は晴樹にとっても大事な時期なのに、僕が狂わせてしまった。僕がΩでなければ、きっとこんな事にはならなかったのに――。
「いや、凌がΩなことは関係ない。俺は自分の嫉妬や焦りに負けて、凌が望まない事をしてしまったし、たくさん傷つけてしまった」
晴樹を正面から見つめる。瞳の奥で揺らめく悲しみに胸が締めつけられて、苦しかった。
「僕の方こそ、考えが甘くて迷惑かけちゃったし……晴樹とはずっと兄弟みたいな関係でいたかったのに」
晴樹は強くて、優しくて。大好きな、尊敬する先輩だったのに。僕にとっては兄のような存在だったのに。もっとちゃんと、自分がΩである事と向き合っていれば良かったと、今日まで何度も後悔し続けてきた。
「兄弟、か」
晴樹がふっと笑う。
「ねぇ凌、たった3ヶ月の恋人だったけど、その間1度もドキドキしなかった?」
「それはっ……」
もちろん、何度もドキドキした。少しずつ、何かが芽生える感覚があった。だからこそ、晴樹の番として生きていくのも悪くないと思っていたし、上手くやっていけると信じていた。
だが、それを正直に話す必要はないと思った。柊斗を選んだ今、晴樹に期待を抱かせるような態度はとりたくない。
だから、僕は黙ったままでいた。
「俺は毎日幸せで、いつもドキドキしていたよ」
僕の髪に触れようとした手を止め、空中に彷徨わせる。
「凌がΩかどうかなんて関係なく、君が好きだった……短い間だったけど、ありがとう」
その微笑みは、僕の胸に引き裂くような痛みを与えた。
「僕の方こそ、ごめん……ありがとうございました」
楽しかった思い出が一気に噴き出し、涙が溢れる。晴樹の差し出すハンカチを受け取り、目元に押し当てた。
「虫の良い話かもしれないけれど、これからも凌の先輩として……自慢できる先輩でありたい。せめてその席には、座り続けたいんだ」
駄目かなと尋ねられて、首を横に振る。
「晴樹はかっこいいよ、昔からずっと……今でも」
「ありがとう」
晴樹の目にも涙が溜まり、外灯に照らされてキラキラと光る。今すぐは無理でも、また前のような関係に戻れるだろうか。戻れたらいいなと、願わずにいられなかった。
「地方大会、出るよ……監督が出してくれないかもしれないけど、明日頭を下げてみる」
「今のチームは晴樹がいないと始まらないよ、監督がダメって言うなら全員で頭を下げるから!」
晴樹がありがとうと言って微笑む。
「迷惑かけた分、結果で返す。みんなで全国に行こう」
僕は大きく頷いた。
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