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3 16年前の思い出 1

 食器の輸入業を営んでいた両親は、イタリアへ買い付けに渡航した折、不幸な飛行機事故で亡くなった。  骨も肉片もばらばらになったと聞かされた俺のもとに、両親の名前がそれぞれ刻印された時計が一ペア、奇跡的に遺品として届けられた。 「……しゅうちゃん、パパとママ、どこにいったの?」 「飛行機に乗ったまま天国に行ったんだ」 「ぼくもいく。いっしょにてんごくにいく」 「馬鹿。理人がそんなことしたら俺泣くぞ」  中身のない棺に向かって、名前も知らない遠縁の親戚たちが焼香をしている。  抱えきれない悲しみの中で、俺は幼馴染の紅林脩一の胸にしがみ付いて泣いた。  初七日の法要の後、両親が多額の負債を残していたことを知った。  事業資金のために自宅の土地や建物は担保に入れられていて、その額は二人の保険金を充てても足りなかった。 「たんぽってなに?」  幼くて大人たちの会話に入って行けない俺に、脩一が分かりやすく教えてくれた。 「えっと……この家をカタにお金を借りてて、返せなくなったら――代わりに家を取られるかもしれない、ってこと」 「ぼくのおうちなくなっちゃうの? おじさんたちこわいおはなししてる!」  親族会議が開かれている客間からは、借金の話の他に、養護施設とか、里子とか、聞き慣れない言葉が交わされている。  それを隣室で盗み聞きしながら、家まで失ってしまう恐怖に震えた。 「大丈夫だよ。理人、うちに来たらいい。あいつらの言うことなんか聞くな」 「しゅうちゃん」 「俺と本当の兄弟になろう。学校まで送り迎えしてやる。勉強も教えてやる。ゲームも二人で一個だ」  脩一自身も目にいっぱい涙を溜めて、声を震わせている。  この春から中学校へ上がる彼が、家族を失った俺の唯一の味方だった。 「しゅうちゃんのおとうとになる――」  本当にそうなれたらいい。脩一さえそばにいれば心配はいらない。  そう思った時、会議を終えた親戚たちが客間から出てきた。 「理人。よく聞きなさい。おじさんたちでお前のことを話し合ったんだが――」  そう切り出した親戚は、後ろに控えていた一人の弔問客を見た。 「こちらの新庄さんがお前を養育してくださるそうだ。ご挨拶しなさい」  新庄恒彦(つねひこ)。  読めない漢字ばかりの名刺の中で、ふりがなを打ったその名前だけが分かった。  親戚の説明では、俺の両親は彼に事業資金を借りたのだと言う。 「理人、この方は債権者なんだ。借金の返済にこの家は差し押さえられたんだよ」 「子供に難しいことは分からないでしょ。理人ちゃんはここを出て行かなきゃいけなくなったの」 「新庄さんは偉い人だ。日本中に大きなデパートをたくさん持ってるんだよ。いいお話じゃないか。なあ?」  親戚たちはみんな揃って頷いた。  やっかい払いができたという、彼らの本音は子供ながらに察しがついた。

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