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8 若き役員と秘書

「新庄社長、ここは禁煙ですか?」 「ご遠慮なく」 「ヘビースモーカーに徹底禁煙の米式オフィスは不評でしてね」 「同感だ。私もあれは好きではない」  脩一はジャケットの内ポケットから煙草を取り出し、それを一本、唇に咥えた。  社長へいつもそうするように彼の口元にライターの火を添えると、やんわりと手で制された。 「――結構。過剰な世話を焼かれるのは苦手だ」 「申し訳ありません」 「謝らなくていい。君ほどの美形がそばにいると、落ち着かないだけだから」  くゆらせた白い煙の向こうで、脩一は俺を一瞥してからそう囁いた。  軽く吐いた言葉。大人な口ぶり。聞き流してしまいたかったのに、彼の声に鼓膜からがんじ絡めにされる。  自分の容姿を褒められても嬉しいと思ったことなどなかった。  それなのに、脩一に美形と言われて小学生の女の子のようにどきどきしている。 「明日の会議で正式なお披露目になるが、重役階のフロアに君の執務室を用意してある。理人。ご案内しなさい」  ほんの僅かな間、脩一の瞳がかぎろいだ気がした。  動揺していた俺の目には、単にそう見えただけかもしれない。 「紅林君、何か足りないものがあれば、これに言いつけてくれ。用意させる」 「ありがとうございます。では行こうか」  ソファから立ち上がるなり、脩一は俺の腕を掴んだ。  そのままドアへと引き摺られて行く。 「……社長……っ」  後ろを振り向くと、社長はふん、と鼻白んだ顔をしてコーヒーを啜っていた。  半ば無理矢理社長室から出されて、エレベーターホールへと連れて行かれる。 「お、お離しください」  掴まれたままの左腕が痛い。  脩一の大きな掌が、スーツの袖の上から俺の骨を軋ませている。 「……華奢な腕だ。ちゃんと食べているのか」 「え? ええ。人並みには」 「向こうのTボーンステーキを振舞ってみたいな。きっと三口で満腹になるぞ」  今日初めて脩一は、俺に微笑んで見せた。  はにかむようなそれが眩しくてまともに目を合わせられない。  16年前の、離ればなれになったあの日を思い出させる、強い握力。  エレベーターが下りていく間、ずっと彼は手を離さなかった。

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