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10 甘くて苦い再会の味 2
「……父と血は繋がっていません。俺は実の両親を亡くして、子供の頃に新庄家に引き取られたんです」
脩一は執務室のデスクに視線を落として黙っていた。
彼の瞳には何の変化もない。
(思い出してもらえなくても、脩一といた頃、僕は神川理人だった)
あの頃は新庄という名字が慣れなくて、転校先の自己紹介もままならなかった。
友達に新しい名前で呼ばれるたびに悲しくなった。
「『新庄理人』は、君の本当の名前ではないな」
こく、と俺は唾を飲み込んだ。
両親と一緒に失くした俺の名前。脩一がそれを覚えていないからやるせない。
「……つまらないことを言いました。俺の話はお聞き流しください」
「何故? もっと聞かせろ。だがビジネスの場で『俺』というのはいただけないな。ここだけにしておけよ」
「あ――申し訳ありません。職務時間中は気をつけているんですが……」
「怒った訳じゃない。こうして羽根を伸ばしている時くらい、楽にしろ」
「私は秘書です。役員の前でそんな失礼はできません」
「礼儀正しいのか堅苦しいのか判断に困るな。俺はそれもおもしろくて好きだが」
脩一はくだけた口調でそう言いながら、軽い欠伸をした。
「昨日帰国したばかりで時差ボケが残ってる。君も一眠りしないか」
「え? しかし…職務怠慢で社長に叱られてしまいます」
「命令されたと言えばいい。今の君は、俺の秘書だ」
「紅林役員――」
「たいして歳は違わない。そんな堅苦しい呼び方はやめろ」
そう言うと、脩一は急に目許を引き締め、俺を見た。
「うちの銀行の出向人事には納得していない。俺は大新のお飾り役員になる気はないぞ」
強い意志を持った瞳だった。
髪と同じ色をした漆黒の双眸に、吸い込まれそうになる。
「新庄社長の古式ゆかしい経営哲学を潰しにきた。でなければ出向なんて引き受けなかった」
辺りの空気が一気に張り詰める。
脩一の広い肩から立ち上る威圧感で、呼吸が苦しくなった。
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