10 / 50

10 甘くて苦い再会の味 2

「……父と血は繋がっていません。俺は実の両親を亡くして、子供の頃に新庄家に引き取られたんです」  脩一は執務室のデスクに視線を落として黙っていた。  彼の瞳には何の変化もない。 (思い出してもらえなくても、脩一といた頃、僕は神川理人だった)  あの頃は新庄という名字が慣れなくて、転校先の自己紹介もままならなかった。  友達に新しい名前で呼ばれるたびに悲しくなった。 「『新庄理人』は、君の本当の名前ではないな」  こく、と俺は唾を飲み込んだ。  両親と一緒に失くした俺の名前。脩一がそれを覚えていないからやるせない。 「……つまらないことを言いました。俺の話はお聞き流しください」 「何故? もっと聞かせろ。だがビジネスの場で『俺』というのはいただけないな。ここだけにしておけよ」 「あ――申し訳ありません。職務時間中は気をつけているんですが……」 「怒った訳じゃない。こうして羽根を伸ばしている時くらい、楽にしろ」 「私は秘書です。役員の前でそんな失礼はできません」 「礼儀正しいのか堅苦しいのか判断に困るな。俺はそれもおもしろくて好きだが」  脩一はくだけた口調でそう言いながら、軽い欠伸をした。 「昨日帰国したばかりで時差ボケが残ってる。君も一眠りしないか」 「え? しかし…職務怠慢で社長に叱られてしまいます」 「命令されたと言えばいい。今の君は、俺の秘書だ」 「紅林役員――」 「たいして歳は違わない。そんな堅苦しい呼び方はやめろ」  そう言うと、脩一は急に目許を引き締め、俺を見た。 「うちの銀行の出向人事には納得していない。俺は大新のお飾り役員になる気はないぞ」  強い意志を持った瞳だった。  髪と同じ色をした漆黒の双眸に、吸い込まれそうになる。 「新庄社長の古式ゆかしい経営哲学を潰しにきた。でなければ出向なんて引き受けなかった」  辺りの空気が一気に張り詰める。  脩一の広い肩から立ち上る威圧感で、呼吸が苦しくなった。

ともだちにシェアしよう!