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11 甘くて苦い再会の味 3
「何故……私にそんなことを言うんです」
社長の腹心の秘書に、新庄恒彦の支配下にある俺に、手の内を見せるなんて危険なことなのに。
「私はあなたを、危険分子として報告しなければならない」
「好きにするといい。メインバンクの思惑は常に流動的で利己的だ。不安材料があれば天下の大新百貨店といえども掌を返す」
「紅林さん――!」
思わず身を乗り出した俺を、脩一は片腕で引き寄せた。
彼のスーツの胸に倒れ込んで呼吸を止める。
「これは宣戦布告だよ。理人」
「…え…っ」
眩暈がした。髪をくすぐる脩一の吐息と、理人、と呼んでくれたその声に。
脩一の掌が俺の背中を撫でている。
「新庄社長に俺が突きつける挑戦状だ」
脩一の真意が分からない。
社長と対立することを、あえて宣言する理由も。
彼が俺を抱き締める理由も。スーツ越しの掌が熱い理由も。
「あなたはいったい……何をお考えですか」
「さっき言った通りだ」
「私は混乱しています」
「正直だな。君はそうでなければいけない」
「……あなたが思うよりも父はタフな人です。財界にも交友関係が多くネームバリューもある。失礼ですが、外部役員のあなたにどうこうできる人間ではありません」
「義理の父への遠慮か? この部屋を出たら君は彼の秘書に戻る。俺の前でだけ、共犯者のふりをしてくれればいい」
ぽん、と優しく俺の背中を叩いてから、彼の右手は襟足をくすぐった。
「―――眠くなった。膝を貸せ」
脩一は何ひとつ答えてはくれなかった。
俺の膝に頭を預けて、精悍な瞳をゆっくりと細めている。
「時刻だけ、チェックしてくれないか。あまり遅いと秘書室から苦情が来るだろう」
「……少々お待ちください」
「時計をしていたな。黒革の、趣味のいい」
脩一の眼差しが、ふ、と遠くなった。
彼が腕時計の存在に気付いていたとは思わなかった。
嬉しさと同時に寂しさも味わう。ペアの時計が、彼の左腕にないからだ。
「これは壊れていて動かないんです。16年も前から、この時計の針は止まったままです」
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