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12 甘くて苦い再会の味 4

「止まったまま、か」 「はい。亡くなった母親の形見です」  脩一の瞬きのない瞳の中に俺が映っている。  ザア、と都心のビル街を渡る風音が聞こえた気がした。 「紅林さんは、時計はされないんですか」 「――ああ。価値のあるものは大事にしまっておく主義だ」  それならきっと、俺が渡した時計は記憶とともに捨ててしまったのだろう。  時を刻めなくなった時計は、今の脩一には無価値だ。  唇を小さく噛んで覚悟する。  淡い幼馴染との思い出は、俺も封じてしまった方がいい。これ以上つらい思いをしないために。 「まだ14時を回ったところです。ごゆっくりお休みください」  スマホで時刻を確かめた俺に、脩一は11桁のランダムな数字を囁いた。 「今の通りに押してみろ」  彼の復唱を聞きながらボタンを押す。  脱いだままになっていた脩一の上着のポケットの中で、ルルル、と何かが鳴った。 「俺のプライベート用の番号だ。登録しておけ」 「え…」 「今度食事にでも誘う。――社長には秘密だぞ」  返事は、と短く言われて、はい、と思わず答えていた。  強引な口調が男らしくて、健やかだった少年の日の脩一そのもので、抗えなかった。 「いい寝心地だ」  膝枕の上で彼は微笑む。心なしか満ち足りたように。 「上着、おかけします」 「気の利く秘書だ。ありがとう」  とろん、と優しい弧を描いて脩一の瞼が閉じていく。  俺の髪に、今にも眠りに落ちそうな彼の指が伸びた。 「俺が目を覚ましても……ここにいろよ」  小さな、小さな声だった。  間もなく脩一は寝息を立て始めた。  規則的なその呼吸音を聞いていると、止めようもなく涙が溢れてくる。  毛布代わりの脩一の上着を濡らしてしまう。 (やっぱり……間違いない)  しゅうちゃん。また俺の唇は、そう呼びそうになる。 「会いたかった――」  眠ってしまった彼に、俺の声は聞こえていない。  告げられない想いが涙の粒となって、後から後から脩一のスーツに染みていった。

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