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13 君は忘れているくせに 1
脩一が役員に就任した後、大新百貨店の上層部は彼の有能さを肌で感じることになった。
社長から回された通達書を役員分コピーし、それぞれの秘書たちへと渡す。重要書類ばかりだから、封筒には社外秘の赤い印がついている。
「午後の会議で使うから。すぐに目を通してもらって」
「あ――、紅林役員はご来客中ですので、後ほどお渡しします」
秘書室のアシスタント業務をしている女性職員が、すまなそうに言った。
「お客様? 東亜銀行から?」
「いえ。光栄不動産の営業の方です。他社の出店予定地の路線価を調べるとかで、朝からずっと執務室にこもってらっしゃいます」
役員の一人とはいえ、百貨店の実務自体は銀行マンの脩一には畑違いだ。
職場に早く慣れようと彼は勉強しているらしい。
「室長、紅林さんって本当に熱心な方ですね」
「あ…、ああ、そうだね」
「お歳を聞いた時はびっくりしましたけど、横柄なところなんて全然なくて。私、秘書課に入って初めてです。あんな素敵な役員」
彼女の言葉に、周りの秘書たちもうんうん、と頷いた。
女性の目は確かだ。職務に熱心で人柄もいい脩一は、男の目から見ても魅力に溢れている。
再会から一週間後、脩一は本当に食事に誘ってくれた。
休日の日曜日の午後。社長が与党議員と歌舞伎を楽しんでいる間の、短い逢瀬だ。
前の日の晩、脩一からかけてきてくれた電話がとても嬉しかった。興奮して朝まで眠れなかったことは彼には内緒だ。
彼と二人きりでいると役員と社長秘書という互いの立場を忘れてしまう。
俺を助手席に乗せて、脩一は左ハンドルの愛車を走らせた。
「どこに誘おうかリサーチしてみた。ちなみに今から行く店は、営業統括部長のお嬢さんが足繁く通っているらしい」
「社の者と、もうそのように親しくなられたのですか?」
「経営戦略会議という名の雑談だよ。大新の幹部の顔を覚えるついでだ」
「聞いていただければ、私もおすすめの店をご紹介できましたのに」
「それではデートにならないだろう?」
からかわれていると分かっていても、とくん、と胸が疼く。
返事をしないまま車窓の外を見詰めていると、脩一はハンドルから片手を離して、俺の髪を撫でた。
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