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14 君は忘れているくせに 2
「少し反応してくれないか。俺一人、恥ずかしい思いをさせる気か」
「……申し訳ありません。晴れて景色がいいので、つい」
顔をフロントガラスへ向けるだけで精一杯だ。
脩一が撫でるのをやめないせいで、胸の疼きが治らない。
片手運転の車は滑らかに高速道路を神奈川方面へ下っていく。
胸が苦しいのに、このまま目的地に着かなければいいと思っている。ハンドルへと戻る脩一の手が名残惜しい。
彼は遠景に横浜の海が見下ろせる、小さなイタリアンレストランに車を停めた。
俺たちが生まれ育った街と、目と鼻の先にある店だ。
(どうしてここへ連れて来たんだろう)
フォークとナイフがうまく持てない。
新鮮でおいしいはずの魚介のパスタ。味が分からないのは、窓から見える海が懐かしくて、つんと鼻の奥が痛むからだ。
「知っているか? この近くに丸越デパートがショッピングモールを出店する。今、広大な用地を買収しているそうだ」
丸越デパートは大新百貨店と同規模のライバル社だ。
脩一はビジネスの話をするだけで、地元の街のことは一言も触れなかった。
「大新百貨店は主要ターミナルの出店が多いな」
「社長の方針で、現在は再開発地区へ積極的に進出を図っています。赤坂の新都市構想をご存知ですか?」
「ああ、『赤坂アーバンビレッジ』だろう。開発計画に東亜銀行も名前を連ねている。融資窓口が頭取と言うくらい、大規模な再開発だ」
東京都内には、居住区と商業施設を併せた市街地開発の成功例が多い。
官庁街に近く、民放キー局がシンボルの港区赤坂周辺で、最新の再開発構想が進行している。独立行政法人の都市再生機構が開発元となっていて、ビレッジ内のメインタワーにはマンションやオフィス、ホテル、そして百貨店がテナントとして入る予定だ
「大新百貨店が今、最も力を入れている新店舗候補地です。ですが同業他社も出店を目論んでいるので、交渉は難航しています」
「外資系デパートも注目しているようだな。ニューヨーク支店長だった時に、向こうの取引先から赤坂の話はよく聞いたよ」
莫大な利益が見込める立地は、百貨店ならどこでも喉から手が出るほど欲しい。
この開発事業に関わっている不動産ディベロッパーや自治体に対して、大新百貨店は秘密裡に多額の賄賂を流している。赤坂アーバンビレッジに店舗を出せるよう、便宜を図ってもらうためだ。
法律違反のそのやり方は、何も今回が初めてじゃない。
社長の秘書になってから5年間、命令されるままに俺が賄賂の運び屋をしてきた。それを知ったら、脩一はどう思うだろうか。
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