15 / 50

15 君は忘れているくせに 3

(軽蔑……されるかな)  むしろ軽蔑されない方がおかしい。俺がしていることは犯罪なのだ。  明るみになれば大新百貨店は社会的生命を絶たれ、信用も失墜するだろう。 (しゅうちゃんに嫌われるのはいやだ――)  口の中のパスタが砂の味に変わる。  今まで、こんなにも強烈な罪悪感を持ったことはなかった。  社長の道具にされてもしかたないと、自分の境遇を諦めていた。 「理人?」  無言だった俺を、脩一は首を傾げて小さく呼んだ。  水のグラスを持ち上げている彼の指先が綺麗だ。切り揃えた爪が俺よりもずっと清潔に見える。 「どうした。この店、うまくなかったか?」 「いえ。とてもおいしいです」  無理に作った笑顔を脩一に気付かれないといい。  窓の外の海は昔と変わらず静かな波に揺れている。彼と会えなかった16年の間に、俺は汚れてしまった。こうして二人きりで食事をする資格もないくらいに。  メインの仔牛の香草焼きがサーブされる前に、食欲はもう失せていた。  一口も食べられない俺に、脩一は心配そうに言った。 「食が細いな」  小さく切った仔牛をフォークで刺し、脩一はそれを俺の口元へそっと運んだ。 「ほら」 「え…」 「理人。あーん、だ」  真昼のレストランで、28歳と25歳の男どうしがすることじゃない。  まるで子供の頃みたいだ。 「恥ずかしい、です」 「さっきの仕返しだ。……俺は気にしないよ。食べない方が心配だ」  もう一度促されて、仕方なく口を開ける。  舌の上に香草の風味の効いた肉の味が広がった。 「よく噛んで。ゆっくりでいい」 「は…い」  脩一に甘えてしまった。  いたたまれない後悔と、甘酸っぱい嬉しさが同時に胸の奥に湧いてくる。 「……紅林役員は世話好きな方ですね」 「対象は狭いがな」  にこ、と笑った顔がたまらなく魅力的だった。  今だけ、自分が犯している罪を忘れてもいいだろうか。脩一と過ごしている間だけ。 「先日、役員は私をご自分の秘書だとおっしゃいましたね」 「ああ。二人でいる時は、理人は俺の秘書だ」 「今日も有効ですか……?」 「当然だ」  別コースの白身のポワレを食べながら脩一は答えた。  ほんの少し自分が浄化され、罪が軽くなった気がした。 「急にお腹がすいてきました」 「また食べさせてやろうか?」  はい、と言いたかった。そうはできずに、反対のことを言う。 「お手を煩わせたくないので、遠慮させていただきます」  子供の頃、脩一の母親が焼いてくれたケーキをかわりばんこに食べたことを思い出す。  あの頃よりも俺たちは不自由だ。 「――ホテルのルームサービスにすればよかった」 「え?」 「独り言だ。気にするな」  呟いた脩一の声は、よく聞き取れなかった。  それを境に食後のデザートが運ばれてくるまで、彼は一言もしゃべらなかった。

ともだちにシェアしよう!