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15 君は忘れているくせに 3
(軽蔑……されるかな)
むしろ軽蔑されない方がおかしい。俺がしていることは犯罪なのだ。
明るみになれば大新百貨店は社会的生命を絶たれ、信用も失墜するだろう。
(しゅうちゃんに嫌われるのはいやだ――)
口の中のパスタが砂の味に変わる。
今まで、こんなにも強烈な罪悪感を持ったことはなかった。
社長の道具にされてもしかたないと、自分の境遇を諦めていた。
「理人?」
無言だった俺を、脩一は首を傾げて小さく呼んだ。
水のグラスを持ち上げている彼の指先が綺麗だ。切り揃えた爪が俺よりもずっと清潔に見える。
「どうした。この店、うまくなかったか?」
「いえ。とてもおいしいです」
無理に作った笑顔を脩一に気付かれないといい。
窓の外の海は昔と変わらず静かな波に揺れている。彼と会えなかった16年の間に、俺は汚れてしまった。こうして二人きりで食事をする資格もないくらいに。
メインの仔牛の香草焼きがサーブされる前に、食欲はもう失せていた。
一口も食べられない俺に、脩一は心配そうに言った。
「食が細いな」
小さく切った仔牛をフォークで刺し、脩一はそれを俺の口元へそっと運んだ。
「ほら」
「え…」
「理人。あーん、だ」
真昼のレストランで、28歳と25歳の男どうしがすることじゃない。
まるで子供の頃みたいだ。
「恥ずかしい、です」
「さっきの仕返しだ。……俺は気にしないよ。食べない方が心配だ」
もう一度促されて、仕方なく口を開ける。
舌の上に香草の風味の効いた肉の味が広がった。
「よく噛んで。ゆっくりでいい」
「は…い」
脩一に甘えてしまった。
いたたまれない後悔と、甘酸っぱい嬉しさが同時に胸の奥に湧いてくる。
「……紅林役員は世話好きな方ですね」
「対象は狭いがな」
にこ、と笑った顔がたまらなく魅力的だった。
今だけ、自分が犯している罪を忘れてもいいだろうか。脩一と過ごしている間だけ。
「先日、役員は私をご自分の秘書だとおっしゃいましたね」
「ああ。二人でいる時は、理人は俺の秘書だ」
「今日も有効ですか……?」
「当然だ」
別コースの白身のポワレを食べながら脩一は答えた。
ほんの少し自分が浄化され、罪が軽くなった気がした。
「急にお腹がすいてきました」
「また食べさせてやろうか?」
はい、と言いたかった。そうはできずに、反対のことを言う。
「お手を煩わせたくないので、遠慮させていただきます」
子供の頃、脩一の母親が焼いてくれたケーキをかわりばんこに食べたことを思い出す。
あの頃よりも俺たちは不自由だ。
「――ホテルのルームサービスにすればよかった」
「え?」
「独り言だ。気にするな」
呟いた脩一の声は、よく聞き取れなかった。
それを境に食後のデザートが運ばれてくるまで、彼は一言もしゃべらなかった。
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