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16 気鋭のビジネスマンたち 1
大新百貨店が脩一を新役員に迎えて半月が過ぎた。
彼は補欠取締役なので、任期は前任者が残した三ヶ月間という短いものだ。
脩一の執務室は社長室の階下にあって、彼と社長が直接顔を合わせるのは会議の時が多い。
「都内の路線価は年々上昇傾向にあり、店舗用地は高騰するばかりだ」
「新庄社長。赤坂アーバンビレッジへ進出をお考えのようだが、あなたのしていることは多重債務者の自転車操業と同じです。増床と融資の繰り返しではいずれこの会社の資産を食い潰しますよ」
ワンマン社長の前で脩一が理路整然と説く様は、末席にいた俺にも、ほう、と溜息をつかせるくらい見事で立派だった。
彼は形骸化した取締役会に銀行マンとしての視点で切り込み、数字の羅列に過ぎなかった業績報告書を国家財政並みのどんぶり勘定だと切って捨てた。
「イキのいい男だな」
「――専務。お疲れさまでございます」
取締役会の後、堂本 専務がテーブルの茶器を片付けていた俺に話しかけてきた。
専務は全国各店の店長を歴任してきた現場主義の熱血漢で、権威的な社長には煙たがられている。
「若さゆえか、気持ちよく言いたいことを言う。監査役どもの恨みを買わんといいが」
社長のワンマン体質は取締役会の人事にも及んでいる。
俺の立場で公言はできないが、新庄家の身内で占められた監査役ではクリーンな経営や会計は望めない。
「新風も大変よろしいのではないかと」
あけすけな性格の専務の前だから、つい俺も本音を言ってしまった。
脩一はこれまでの出向役員とは違う。
再会した日、お飾りになる気はない、と言った彼の言葉が、まだ俺の耳に残っている。
「…ほう。君がそんなことを言うとは。新庄家の人間としては複雑な心境じゃないのかね?」
「私は経営に直接携わらない一秘書です。それに、紅林役員に才覚がおありなことは社長も認めております」
「ふむ。あのタヌキ爺に取られんように、今のうちにツバをつけておこう。おい、紅林君」
専務はそう言って、遠くの席にいた脩一を呼んだ。
資料を纏めていた手を止めて、脩一がこちらへ歩いてくる。
垂れた前髪の下の瞳が会議中よりも優しげだ。
「どうだね。秘書室の華を連れて、うまい天ぷらでも食いに行かんか」
「いいですね」
「昼は空いてるんだろう? 新庄君」
「え? …あ、はい」
今日の社長のスケジュールは、午後から人事部会と、夕方まで私的な来客が三件ほど入っている。
どちらも秘書は不要だ。
「私もご一緒してよろしいのですか?」
「構わんよ。どうせ大人数だ。一人や二人増えたところで財布の痛みは変わらん」
「大人数?」
その疑問は、誘われて行った先の天ぷら屋ですぐに解消された。
古い暖簾をくぐった二階の個室に、大新の社員たちが十人ほど集まっていたからだ。
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