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18 懐かしい想い
昼食会の後、腹ごなしに歩いて大新本店へ立ち寄った。
日本橋にあるこの店舗は大新百貨店の一号店で、社の歴史はここから始まったと言っていい。
「お忍びだ。社章は外しておけよ」
「はい」
一階エントランスの服飾雑貨売り場を一周して、エスカレーターで各階へ上る。
「集客が悪いな。ワンフロアにブースを詰め込み過ぎだ。もっと通路を広く取って、スペースに余裕を持たせた方がいい。高級感の演出が下手だ」
脩一が言ったことをすぐにメモに取る。彼の提案はとても的確なものだった。
「商品も見せ方ひとつで印象が変わる。専門のコーディネーターは入れているのか?」
「フロア担当者の社内チームが請け負っているはずです」
「垢抜けないのはそのせいか。社員に商品レイアウトの勉強をさせろと、店長に伝えておけ」
「は、はい」
小気味いい脩一の指示を聞きながら、俺は彼の秘書に徹した。
専務以外、大新の生え抜きの役員が現場を見て回ることも珍しいのに、銀行の出向役員の脩一が熱心に仕事に取り組んでいる。
一歩後ろから見た彼の背中は、とても広くて頼もしい。
(かっこいいな――)
学校から帰る時、俺が女の子みたいな顔をからかわれて泣いていると、いつも背中に匿って助けてくれた。
でも、怒ったいじめっ子が殴ってきても絶対に殴り返さなかった。
脩一は空手で初段を取っていたから。
(今も空手を続けているの?)
黒帯を締めた脩一は、テレビのヒーローのようにかっこよかった。
そのくせ、二人でケンカをした時はふくれっつらをして、年下の俺よりも子供っぽく拗ねた。
仲直りをする時にいつも言っていた言葉を思い出す。
―――しゅうちゃんだいすき。
16年前は簡単に言えたのに、今は言えない。
空手の白い道着を纏っていた少年が、ダークグレーのスーツの肩を揺らして目の前を歩いている。颯爽と。
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