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20 無邪気になれない

 生家の近所にも芝生を植えた公園があって、よく二人で遊んだ。  サッカーボールの蹴り方や、キャッチボールの上達法を教えてくれたのも脩一だ。 (嘘みたいだ。またこうして、二人でいられるなんて)  脩一の横顔を見上げていると、高いところにあるそれに、意識をもぎ取られた。  シャープな顎のライン。そこから続く首筋の滑らかさ。緩めたタイが醸し出す大人の色香が、俺の胸を高鳴らせる。  魅かれずにはいられない。幼い頃の淡い思慕が胸に押し寄せ、もっと強い感情になって俺を包んでいく。  繋いだ手を思わず握り締めた。心臓が破裂してしまいそうで、怖くて。 「理人?」 「すいません…っ」  混乱するまま、彼の手を振り払う。  おかしい奴だと思われたかもしれない。自分自身を制御できない。 「――飲み物でも買ってきます」  今すぐここから逃げ出してしまいたかった。数歩進んだ俺を、脩一は鋭い声で止めた。 「動くな!」  つんのめった俺の下で、小さな鳴き声がした。  裸足のすぐそばに、羽毛を丸めたような灰色の塊がある。 「よかった――。踏むところだったぞ」  脩一は大事そうにそれを両手で掬い上げた。  綿毛の羽根の間から嘴が覗いている。鳥だ。 「雛だ。きっと巣から落ちたんだろう」  親鳥なのか、植え込みの陰でひときわ甲高く鳴いている鳥がいる。 「ここだな。よしよし、おうちに帰れるぞ」  掌の上の雛に、脩一は蕩けるような微笑みを向けた。  彼が動物がとても好きだったことを思い出した。 (子供の頃も、猫を拾ったことがあったね)  ケガをした猫を動物病院に届けて、二人で面倒をみた。  親たちには内緒だった。  元気になった猫にキスをする脩一を見て、僕にも、とねだったことを覚えている。 「昔、猫を拾ったことがある。足をケガしていて、病院で治してもらったんだ」  脩一は静かに思い出のかけらを話した。  ずきん、と俺の胸が痛む。  俺も一緒に猫を拾ったことを、脩一は覚えていない。 「……どんな猫でしたか」 「トラ猫だった。すぐに元気になって、里親にもらわれていった」  思い出は全く同じなのに。  トラ猫の後に、照れながら俺の頬にキスをしてくれたことを、彼は忘れている。 「もう落ちるなよ。大きくなれ」  雛にそう言い聞かせるようにして、脩一はふわふわの羽根にキスをした。  胸の痛みは強い願いへと変わる。 (しゅうちゃん――、俺も。俺も…っ)  その大きな両手に包んでキスをしてほしい。  鳥の雛のように脩一の温もりに守られたい。 「なんて顔をしてる」 「え…」  くしゃ、と目許を緩ませて脩一は俺を見た。 「理人はやきもち焼きだな」  全身に熱く沸騰した血が巡った。限界だった。 「申し訳ありません。急用を思い出しましたので、社に戻ります!」  脩一が引き止めるのも聞かず、裸足で芝生の上を駆け出した。  靴をつっかけて屋上から店舗の中へと逃げ込む。  ―――理人はやきもち焼きだな。  その言葉も、記憶と同じだった。  16年前に脩一がくれたキス。今はきっと、ねだってはいけない。 (どうして俺のこと、忘れたの)  しゅうちゃん。彼をそう呼ぶことも、許されない。

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