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23 レセプションパーティー 3
「何だ、君は飲まんのか」
「痺れを切らした私が無理に運転手に呼んだのです。そうだな、紅林」
「はい。葛西頭取、米国経済界の土産話は後ほど。――それでは皆様、このたびの合併と新会社の発足に、乾杯」
三人のグラスが肩の高さで合わさる。
温くなったタンブラーを握り、俺は一人で疎外感を味わった。
脩一は日本一の預金残高を誇る銀行の頭取と対等に話をしている。
同じ空間にいても、会社社長の一秘書である俺とは天と地ほども立場が違う。
(すごく……遠い)
少し前に一緒に裸足になって、手を繋いで芝生の庭園を歩いたのに。
スタイリッシュに装って社交慣れした今夜の脩一は、別人みたいだ。
「理人、疲れていないか? 外で休むか?」
ふと気が付くと、社長と頭取は別の歓談の輪に入って乾杯を続けていた。
ぼうっとしている間に俺の傍らには脩一しかいなくなっていた。
「お気遣い無用です。紅林役員も、どうぞ回ってらしてください」
「君を一人で置いてか? 特に話したい参加者もいない。君といる方がずっと楽しい」
氷が溶けてしまった俺のグラスを見て、脩一はそれを優しく取り上げた。
「何がいい? 俺が作ってやる」
ワゴンの上にボトルや水割りのセットが置いてある。
喉は渇いていなかった。ただ胸の奥がかさついていた。
脩一がすぐそばにいるのに、寂しい。
「あの――、驚きました。葛西頭取とあなたがあんな風に接しておられるなんて」
「彼がニューヨークに出張に来るたびに観光ガイドをさせられた。その程度の間柄だ」
「いいえ。とてもあなたを頼りにされているご様子でした。……すごいですね。東亜銀行頭取と言えば雲の上の方です。あなたも、同じところにいらっしゃるんですね」
魔が差したように、唐突に不安が募った。
脩一と再会するまでは、知らなくてもよかった不安だ。
「紅林役員は、役員任期が終了したらどうされるんですか」
短い三ヶ月という猶予。それが過ぎれば、脩一は大新百貨店とは無関係になる。
俺のもとから、また去ってしまうのだろうか。今夜のように姿は見えても遠いところに。
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