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24 レセプションパーティー 4
「まだ具体的には決めていない。東亜側は戻れと言うだろうが、金融コンサルティング会社を起業するのもおもしろいと思っている」
「そう……ですか」
俺は我がままだ。
脩一にずっと会いたいと思っていて、それが叶ったら、今度は離したくないと思っている。
際限のない我がままを膨らませて、俺は聞き分けのない人間になる。
「役員をお辞めになる前に、僕と一度、お酒に付き合ってください」
「運転手を辞退して、今飲もうか?」
「……ううん。二人きりがいい」
脩一の両目が見開かれた。
たいしてアルコールを入れていないのに、か、と首の後ろが熱くなった。
「もっと静かな場所へ連れて行ってください。あなたと二人で飲むお酒は、とてもおいしいと思うから」
不器用な言葉で唇が震えた。
もっと上手に言えたらよかった。誰にも邪魔されずに、脩一と一緒にいたい、と。
「断れない誘い方をするんだな」
「お……お嫌でしたら結構です…っ」
「誰がそんなことを言った」
ふわりと、俺の頬に温かいものが触れた。脩一の掌だった。
「嬉しいよ。理人の方から誘ってくれて」
「本当に――?」
「俺は嘘は言わない」
「……知っています」
不安も寂しさも消えていく。
視界の中は脩一でいっぱいだ。他に何も見えない。
「二人きりだ。約束だぞ」
「はい」
「いつにしようか――」
楽しそうに綻んだ脩一の顔に、ふ、と影がよぎった。
彼は俺を見越して、後ろの方に目の焦点を合わせた。
「新庄社長」
背中に冷たいものが走る。
振り返ると、したたかに酔った社長が眉間に皺を刻んでそこに立っていた。
「理人、顔合わせも済んだ。出るぞ」
「は、はい」
「肩を貸せ。少し飲み過ぎた」
言うなり、社長は俺の肩を抱いて、出口の方へと歩かせた。
もっと話していたかったのに。
顔だけを脩一に向けると、彼はひどく憔悴した瞳で、俺を見詰め返した。
「お先に失礼させていただきます。葛西頭取によろしくお伝えください」
バンケットルームは盛況で、俺の声は喧騒にすぐかき消されてしまった。
脩一はスーツのポケットからスマホを出して、それを小さく振って見せた。
―――また連絡する。
自分たちにしか分からないサインを交わして、レセプションパーティを後にする。
「あれと何を話していた」
「……いえ。挨拶程度のことです」
「紅林は東亜銀行の犬だ。必要以上に近付くな」
鎖骨が折れるかと思うほどの力で、社長は俺の肩を掴んだ。
骨を軋ませた痛みよりも、今もまた、脩一と引き離されたことの方がつらかった。
社長の道具でさえなかったら、今すぐ駆けて行って脩一のもとへ戻れるのに。
自由が欲しいと思った。
(しゅうちゃん。約束、覚えていてくれたらいいな)
彼と二人きりで重ねるグラス。そんな夜が本当に来ればいい。
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