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31 泥濘に囚われて 3
「ん…っ――」
痛みなのか何なのか分からないものが、触れられた場所から広がる。
誰とも性的な関係を持ったことのない俺には、その刺激は強過ぎた。
「かわいい反応だね」
「…慣れておりませんので、どうぞお手柔らかに」
「躾の行き届いた秘書だ。これも余興のひとつかい?」
アタッシュケースと俺の手首を繋ぐ手錠を、理事長はちらりと見た。
「君を拘束して辱めたら、さぞ楽しいだろうな」
「ご自由にお試しください」
「いいのか? 君は大新の社長令息だろう」
「色よいお返事を頂戴するまで、帰ってくるなと言い渡されております」
「これはこれは。分かったから、もう野暮なことは言うな」
「では――赤坂のテナントを当社に…?」
「君次第だよ。私を悦ばせることができたら、理事会に進言してやろう」
俺の体と引き換えに、理事長はそう約束してくれた。
震えながら頷くと、彼は俺のネクタイを引き解いて、シャツのボタンを外した。
「――新庄社長は運がいい。君は実によくできた孝行息子だ」
首からさげていた、手錠の鍵が揺れている。
ペンダントトップと変わらない小さな金属。それがちりちりと肌を焼いて、自分を責めた。
(俺はいったい、何をしているんだろう)
汚いことをしている。
賄賂を渡して、自分の体を売って、それで得る成功に価値なんかあるのだろうか。
(脩一だったら……どう思うだろう)
清廉な脩一。
彼だったら、たとえ何千億円の利益を生もうと、不正なビジネスは認めない。
子供の頃と同じだ。脩一は強くて、正しい人だから。
ぴちゃりとわざと音を立てて、理事長の舌が俺の耳朶を舐めている。
どうしようもない嫌悪感がこみ上げてきて、吐き気がした。
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