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37 信じたいものはひとつだけ 3
(脩一――)
もがいても彼は唇を離さなかった。俺の上唇を食んで抉じ開け、中に舌を入れてくる。
苦しくなって顔の角度を変えると、より深く重ね合わせられ、舌の付け根まで吸われた。
「んっ…っ」
舌と舌が巻き合うたび、濡れた音が口中に響く。脩一の貪欲な動きが自分を翻弄する。
口角から溢れる銀の糸が、溢れ出した涙に混じっていく。
息が溶け合うほど長い時間が経って、唇は離れた。
「どうして…っ、こんなことを…?」
「何をしてもいいと言った」
「傷付けたいのなら、俺のことを罵ってください」
俺の頬を流れる涙の雫を、脩一の唇が吸い取っていく。一粒ずつ大事そうに。
「優しくしないで。――俺は犯罪者です。新庄恒彦の言いなりになって何度もお金を運びました。これが証拠です」
スーツの上着から手帳を出して、脩一の手に握らせる。
重ねてきた罪の重さだけ、たくさんの名前を書き込んだそれを。
「家族を失くした俺は、今の父がいなければ生きられなかった。だから…っ、俺はあの人の道具になったんです」
新庄恒彦に買われた無力な子供。
16年前。脩一の手を離した別れの瞬間がフラッシュバックした。
「俺を叱ってください…。紅林さん」
俺のこめかみを啄んで、脩一は吐息混じりに言った。
「お前は汚れてなんかいない。あの男に利用されただけだ」
「いいえ…っ」
「俺の言うことを信じろ。理人」
彼は、俺の左手を持ち上げた。
母親の形見の腕時計。動かない針の上に、脩一の唇が落ちる。
恭しいキスをして、脩一は深い声音で囁いた。
「手帳とこの金は預かっておく。二度とこんな真似はするな」
「でも――父が」
「お前を助けると約束する。信じろ。俺のことだけ、ちゃんと見ていろ」
「だめ…っ。俺は、だめなんです――」
「もう新庄社長の言いなりにはさせない」
脩一の唇が、もう一度俺の唇を塞ぐ。
略奪者の狂おしいキスに溺れていく。
逞しい首にしがみ付いて、口内を蹂躙する彼の舌に応えた。
砂漠で一滴の雨を求めるように、夢中で。
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