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42 道具ではないと君が言う

「来るんだ、理人」 「やめてください…っ」 「お前が全て仕組んだことだ!たかが道具のくせに、私を…っ、私を嵌めたのはこいつだ!」  狂気じみた社長の声が飛ぶ。襟を掴んでいた手が、俺の首へと向かってくる。  このまま殺されてしまいそうで、恐怖で動悸が激しくなった。 「見苦しいぞ! いい加減にしろ!」  その怒号とともに、ふ、と俺の体が軽くなる。  目の前にあった社長の顔が消え、遠くの方で重たいものがぶつかる音がした。  気がつくと社長は、ドアへ吹き飛ばされていた。 「ここまでするつもりはなかったが、人命救助なら仕方ない」  脩一が上段に跳ね上げた足を静かに下ろす。  スーツを着ていても、空手の蹴りを繰り出した体の動きはしなやかだった。 「新庄社長。理人はもう、あなたの道具ではありません」  脩一に守られている。  激しく繰り返す鼓動の中、甘く疼くような安堵が、俺の全身を包んだ。   「理人は罪を悔い改め、責任を取って会社を辞めました。今度はあなたの番ですよ」 「ふん…くだらん――」 「だから言ったんです。赤坂の進出はやめておけと。あのテナントを取ったデパートは私のニューヨーク支店長時代の顧客です」 「貴様――まさか、知っていて…」 「あちらの担当者と頭取を引き合わせただけですよ。後は勝手にご想像ください。贈賄の件は口外しないと先ほどお約束しました。刑事告発など考えていませんから、ご安心を」 「――紅林。貴様の目的を言え。いったい何のために、この大新百貨店に潜り込んだ」 「あなたに教えてやる義理はない」  社長はがくりと肩を落とした。  迎えに来た役員たちに支えられて歩く様子に、もうワンマン社長の覇気はない。  失墜したその侘しい背中が、俺が見た彼の最後の姿だった。

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