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運命の相手
「頼理さま血が……」
黒い直衣には血がべったりとついていた。
「これは私のではない」
「でも、肩から血が……」
「こんなの掠り傷だ。心配ない」
僕に余計な心配を掛けまいとにこやかに微笑むと、すぐに表情を引き締めた。
「何をしておる。この者たちを捕らえよ」
「そうは申されてましても……」
いくら主の命令とはいえ相手は親王だ。深縹色の闕腋袍を着た随身たちは一様に困惑していた。
「捕らえよというのが聞こえぬのか!」
苛立ちが頂点に達した幸人さま。声を荒げ、太刀を振り回した。
「幸人、潔く負けを認めて、父上を助けに行ったらどうだ。今ならまだ間に合う」
「世迷い言を言うな!」
「嘘ではない」
頼理さまは錯乱する幸人さまを宥めるように声を掛けた。
「そなたと争う気はない。太刀をしまえ」
頼理さまが幸人さまをじっと見ながら刀をゆっくりと下に置いた。
「幸人、その人の言うことを信じては駄目。騙されないで」
誰よりも僕の不幸を願う迅。
自分の意のままに動く幸人さまを見てほくそ笑んだ。
「りんと共謀して、お上を呪い殺そうとしている極悪人だよ。父殺しは重罪でしょう?だからね、早く殺して」
迅がにっこりと笑い、扇子で口元を隠した。
「幸人、迅の言っていることはすべて嘘だ。信じては駄目だ」
「五月蠅い!五月蠅い!私の大切な迅を悪く言うお前は兄でもなんでもない」
両足を大きく広げ太刀を構えるとしゃがれた唸り声をあげた。幸人さまは怒りで我を忘れ、まわりが見えなくなっていた。どす黒い邪気が蛇のように幸人さまの足にまとわりつき、やがて体全体を包んでいった。
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