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僕が選んだのは

迅が小さく何かを呟いた。 「止めて!」 さっきまで言葉を発することすら出来なかったのに。 「嘘……」 母さんが信じられないといった表情を浮かべていた。 それは迅も同じだった。 「緋黒さまと藤黄さま……助けに来てくれたんだ……」 安堵するなり涙が一筋零れ落ちた。 「ちょっとなんなの」 母さんがぎょっとした。目の前に大きな犬が突然現れたんだもの。驚くのも無理はない。腰を抜かしてしまいその場に倒れ込んだ。父さんが烏を手で払いながら慌てて駆け寄った。 「りんは連れて行くぞ」 「こんな死に損ない。足手まといじゃん。白鬼丸も聞いていたでしょ?この疫病神がやっと役に立つんだよ。だから渡さない」 「黙れ!」 怒気を孕んだ低い声があたりに響き、神気にあてられた母さんと父さんが気を失ってしまった。 「なぁ迅、翠鳳の末裔の鬼は俺以外もいるということを忘れていないか?りんは俺らにとってご先祖さまだ。鬼は家族と仲間をなによりも大切にする」 「なにそれ。馬鹿じゃないの」 「歴史を捻じ曲げたのはお前だろう。まぁそのお陰でりんは翠鳳の娘になれたんだから、一応感謝しておく」 白鬼丸が犬型から人型に変わった。シーツを腰に巻き付けると、僕の腰のしたに手を差し入れてそっと静かに抱き上げてくれた。

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