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第3話
箕田の家の中はすでにクリスマス仕様に飾りつけされていた。
二階の玄関を開けると、すでにそこに男の子がいて、じっと宗谷を見つめてくる。
さきほど潤と呼ばれていた子だ。
「宗谷さん、こちら僕の息子の潤だ」
そして息子に向き直った。
「潤、あいさつして。僕の外出時に、きみと一緒に過ごしてくれる宗谷さんだ」
潤と呼ばれた子は、じっと宗谷を見定めるような目で見上げていたが、しばらく時間を置いて、
「こんにちは」
と抑揚のない声とともに頭を下げた。宗谷もつられるように頭を下げる。
「こんにちは、宗谷望です」
箕田に連れられて家の中に入れば、いい香りが漂っている。
「今晩のパーティーのために、いま料理をしている最中なんだ」
「料理の最中に抜け出して駅ビルに?」
宗谷の言い方からその懸念を察したのか、箕田は笑う。
「火は消しているよ。安全な状態で、出てきたんだ。ちょうど、スパイスを切らしていてね、買いに行ったところで、きみを見かけた」
それで自分はこの家に来ることになったというわけか。
部屋を見渡せば、清潔感と開放感のある、ごくごく一般的な家だ。
先ほどまでの誘拐などという物騒な心配事が嘘のように、いかにも他人様の家にお邪魔しているという状態だった。
宗谷の警戒心がほとんど解け去ったところで、先ほど潤と紹介された子が、宗谷に視線を送り続けていることに気がつく。
「こ、こんにちは……」
そのぎこちない挨拶は、少年にまるで聞こえていないかのようだ。
宗谷を見つめ続けるその黒々とした瞳に気まずさを感じて、ぎこちない笑みを投げかけるも、少年のその瞳から警戒の色が薄れることはなかった。自分たち親子のテリトリーに入ってきたよそ者を窺っているのだ。
リビングへと入り、箕田に言われるがままソファに腰かけたはいいが、居心地が悪そうにしている宗谷と息子を見比べて、箕田が口を開いた。
「見てのとおり父子家庭なんだ。僕と、潤の他には誰もいなくてね、僕が留守にすると、潤はひとりになってしまう」
「大丈夫さ。僕、ひとりでも平気だもん」
少年はそう大きな声で返した。
潤のことをよく知らない宗谷でも、その言葉にどこか強がりがにじんでいると思った。
それは常に共に暮らしている父親の箕田はもっと感じているかもしれないが、箕田は穏やかに微笑む。
「そうだね。今までそうしてくれていたしね。だけど、お父さん自身が心配だから、今日はこの宗谷さんと過ごしてくれるね?」
「…………」
渋々頷いた潤に、箕田はお礼を言って、宗谷をリビングの外へと連れ出した。
リビングと廊下を仕切るドアが閉まったことを確認し、箕田は宗谷に向き直る。
「仕事は、いまから明日の昼までで、二万円。僕が不在になる間も、潤を見てもらいたい。今日の夕飯と、明日の朝食、今晩の仮眠つき。どう?」
年明けからのアルバイトを探そうと思っていた宗谷にとって、箕田の条件で、いくらかでもお金が入るのなら悪くないと思った。
「その条件で、お願いします」
宗谷のその言葉に、箕田は大きく頷いた。
「じゃあ、決まりだ。なに、緊張したり気を遣いすぎることはないよ。見たとおり、潤はひとりでできることも多い。ただ家族の一員だと思って、潤の寝かしつけや見守りをしてくれればいい」
そう言って、箕田は宗谷の背中を軽くたたき、再びリビングへと入っていった。
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