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第7話

 風呂上がりに湯冷めをしないうちにと、潤を三階の潤の部屋に連れていく。  ベッドに横たわった潤の隣に宗谷も寝転がった。 「望、隣で寝るのか?」 「えっ寝かしつけってこうするんじゃ……」  何となく想像で絵本でも読むのかななどと考えていた宗谷は、潤の反応に逆に驚く。 「パパとはいつも、寝る部屋は別だ」  そうは言っても、雇い主である箕田からは、寝かしつけを頼まれているのだ。 「潤くんが眠ったら、部屋から出ていくよ」 「潤くんはやめろよ。潤でいい」  時折妙に大人びた口調で話す潤は、生意気ながら、背伸びをして成長したがる子供特有の可愛さがある。  潤に羽毛布団をかけてやり、潤の視線の先にある、窓から入りこむ青い光に照らされた天井を宗谷も見つめた。 「……潤は、クリスマスプレゼントは頼んであるの」  絵本を読むわけでもないなら、眠くなるまで取りとめもない会話をして間を埋めようと思い、今日はクリスマスイブだからと、何気なくした質問だった。 「うん。今年はママがほしいってパパに言ったんだ」 「えっ……」  思わず隣の潤に顔を向けた。  ママを?   それでさっき、自分のことをママかと尋ねてきたのか。 「それで、箕田さ――パパはなんて言ってたの」 「じきにねって」  その会話が過去になされたということは、おおかた箕田には既に相手がいるのだろう。 「僕をママだと呼んだのも、クリスマスプレゼントだと思ったの?」 「そう」 「……潤、残念だけど、僕は多分きみのママじゃないと思うよ」 「なんで」  なんでって……。  きっとママとなる人は別にいる。  しかしそれをどこまで伝えてもいいものか。その女性と潤が会っているのなら別だが、箕田が息子にその存在をまだ話していないのなら、自分のような他人が下手な入れ知恵をして知らしめるようなものでもないだろう。 「いつかママになる女性が現れるかもしれ――」 「それはないよ」  なんとか一般論でごまかそうとしたところを、潤がごろりと身体を横にして、宗谷の言葉を遮った。 「どうして?」 「パパは男が好きだからさ」 「えっ」  潤の瞳は、それを伝えた宗谷の反応を確かめるかのようだった。 「それでもいいって田中さんが言ってた」  田中さん?   自分に父の好みを伝えるだけでなく、その田中さんとやらにも、同じ話をしているのか。  はたして箕田は、自分が知らぬうちに、近所中を話が一人歩きしている可能性を知っているのだろうか……。 「誰かな、その人?」 「隣の隣の家に住んでいる人。今はタヨウセイの時代だって。だけど、子供は生まれないって」 「へえ……き、きみのパパは、きみを――」  女性のママと結婚して、そう言いそうになって、父子家庭で育つこの子には避けるべき話題かと口を噤んだ。 「……ママがいれば、こんな感じだろ?」  横になった頭の下に小さな腕を置いて腕枕にしながら、潤はもう一方の手を伸ばして、宗谷の腕に触れる。 「ああ、そうだね」  この際、ママでもなんでもいいと思った。  宗谷も潤に向かい合って、その頭を優しく撫でていると、次第に潤の瞼は重くなり、やがてゆっくりと閉じられる。そしてすぐに規則的な寝息をたて始めた。  潤が寝付いたのを確認して、彼が起きないよう、宗谷に触れているその手を優しく布団に戻す。  残念ながら自分は、潤の求める母親ではない。  それどころか、今日と明日、箕田がいない時間を埋めるためだけのアルバイトで、明日の昼になれば、もうこの少年と別れ、きっと一生会うことはないだろう。  潤のベッドの縁に腰かけながら、宗谷は幼い子供をだましているような小さな罪悪感を感じた。その一方で、この家庭的な雰囲気に懐かしさと、心が温まるような安心感も抱いていた。  この心地よい時間が期限付きであることは寂しかったが、切り替えようと宗谷は一つ息を吐いた。  そういう契約として、ここで働いているのだ。  この真っ直ぐな少年に、母親代わりとなるような素敵な人が早く現れますようにと、心の中で呟き、宗谷は潤の部屋をそっと出た。

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