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第8話
潤を寝かしつけたあと、洗い残っていた食器を洗い終えて、リビングのソファでぼんやりとテレビを流してると、物音があったような気がして振り返った。
「潤は、寝たかな?」
箕田が帰ってきたところだった。
宗谷から息子の様子を聞き、その寝顔を三階に見にいってリビングに戻ってきた箕田は、宗谷を外に連れ出した。
「見せたいものがあるんだ。ああ、上着を着て。しばらく外にいるから」
箕田に言われるがままに、宗谷はジャケットを羽織って箕田に続いて家を出る。
外はもうこの家に来た時とはまるで変わって、とっぷりと暮れた闇と静寂に包まれていた。
箕田は一階のガレージを通り過ぎ、駐車してある車の前を通って、家の側面へと向かう。
宗谷も箕田のあとについて家の横側へと回りこむと、そこに停めてあるものを見つけ、目を見張った。
……ソリだ。
大型の、絵本などで見かけるような木製のソリが停めてあった。
「……ソリ?」
「そう。僕は、サンタさんだからね」
まさか本気なのかと問いかける前に、得意げな笑みを浮かべた箕田は、ソリの座席を掌で指し示した。
「さあ宗谷さん、乗って」
「え……」
いいからと背中を軽く押されて木製のソリに乗りこめば、その隣に箕田も乗りこんだ。
「それじゃあ、行くよ」
箕田が前方に腕を伸ばして、何かを握るように手を動かしたと思ったら、いつの間にかソリはふわりと浮いた。
「わ……」
驚きもあらわに、ソリの側面から宗谷が顔を出すと、地面は徐々に離れていく。
絶句したまま前方に目をやれば、そこにはソリと繋がれた獣の後ろ姿があった。
獣をつなぐ紐を辿れば箕田の手に向かっていて、いつの間にか箕田が手綱を握っていると知る。
「えっ――」
自分の発する声さえ、まるで他人が発したかのように遠く、この広い夜の中に吸いこまれていった。
街路灯やイルミネーションの電飾が点滅する街路樹の間を、車が行き交っていく。
商店の光や、家々に灯る優しげな明かり――目の前の光景すべてが驚愕だった。
「箕田さん、その前にいるのは――?」
「トナカイさ。きみも知っているだろ。サンタのソリにトナカイは欠かせない」
宗谷が座る部分と、前を行く獣との距離は少しあるが、その毛皮や筋肉の動きから、ソリを導く獣が作り物ではないことは明らかだった。
辺りを見回せば、小さくなっていく街全体の景色が見える。
「今日は、晴れていてよかったよね。ほら、星空もとてもきれいだ」
その箕田の言葉に空を仰げば、墨汁を一面に広げたかのような空に、星がいくつも輝いている。
普段は身体を強張らせるような冬の冷気ですら、感嘆と興奮で熱を帯びた肌には心地いい。
「なぜ、僕をこのソリに乗せてくれたんだ」
ふと浮かんだ疑問を隣に問えば、箕田は上目がちで答えた。
「宗谷さん、僕がサンタだって信じてなかったからね」
それは今でも、このソリが空中を滑っているなんて、にわかには信じられない。
だが現実にソリは浮き、周囲の木々や建物はどんどん下になり、小さくなったその上を移動しているのだ。
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