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第10話
気を悪くするかと思いきや、箕田は良かったと安堵し、肩を落とした。
「それだけきみを信頼しているってことだ。普段は、それほど人懐っこい子じゃなくてね、今回も少し心配だったんだ。だけど、やっぱり僕の目は間違ってなかったってことだね」
もちろん、話せば良い子なんだよ、少し目つきが悪いくらいでとしばらく息子を褒め続けた箕田は、一呼吸おいて仕切り直し、落ち着いた口調に戻る。
「今日が初対面とは思えないから、なんでも宗谷さんに話しちゃうけど」
と前置きをして、箕田は手綱を操ってソリをUターンさせた。
「僕は事情があって離婚して、あの子を一人で育てることになった。僕しか親がいない分、寂しい思いや不便はさせまいと思ってたんだけど、気がついたんだ」
その箕田の横顔は、この夜の闇でも覆いきれない寂しさが漂っていた。
「毎年このクリスマスイブの日、多くの家族連れが楽しむ幸せな日に、潤を一人にしているってね」
どうしてそれが分かったと思う、と箕田は隣の宗谷に問う。
潤の言葉を思い出した宗谷は、つと目を伏せた。その様子を見ていた箕田から、
「クリスマスプレゼントに、あの子、何がほしいと言ったと思う?」
と重ねて尋ねられ、宗谷は躊躇いがちに口を開く。
「……母親、だろ」
先ほど彼の寝床で、ママを願ったんだと言った潤の表情を思い出していた。
潤は確かに大人びた物言いをする子供だが、それでもまだ彼は幼い。ふだん父から十分な愛情をもらっていても、父がいないとふと気づいた瞬間に、心細く感じることはいくらでもあるだろう。
宗谷の言葉に、箕田は頭を軽くかいた。
「そう。ママって聞いたとき、驚いちゃってね。僕は毎年この日、潤を早めに寝かしつけてから、いつも出掛けていたんだ。だけど僕自身が安心しているだけで、潤は一人になっていたんだなって」
だからと箕田は続け、手綱を片手にまとめた。ソリの座席に座り直し、宗谷と向かい合う。
「これ以上、彼に寂しい思いをさせちゃいけないって、思ったんだ。それで、一緒に過ごしてくれる人を探そうと思って、いろんなところに何度も行った。だけど、この人だって人は見つからなくてね、」
箕田の両手が伸びて、宗谷の頬を包む。一瞬身体を固まらせた宗谷を、宥めるように優しく撫でた。
箕田の体温が、外気で冷えた頬に心地よく馴染んでいく。
「でも今日、たまたま行った駅で、きみを見つけた」
少し硬くなったその声音から、緊張が伝わってくる。
箕田から向けられる真っ直ぐな眼差しは、宗谷を引きこんでいく。
「まるでサンタからのプレゼントみたいだって、思ったんだ。一目見て、きみに我が家に来てほしいと思った」
あたりは静まりかえり、音といえば、地上から車の走行音が時折わずかに聞こえてくるだけだ。
「……きみとこうして過ごしたくて、今日急いで帰ってきた。このきみとの出会いは、明日までのものとは思えない」
箕田の両手に力がこもる。
「望は? きみが僕のことをどう思っているか、聞かせてほしい」
「僕は――……」
宗谷は自身の心に問う。自分は、箕田をどう思っているのかと。
確かに、ソリを操縦するときの生き生きとした彼の表情や、こちらに笑みを向けてくるとき、彼から目を離せなくなるときがある。
好意なのか、これは?
しばらく箕田を見つめていても答えが分からなかった。
それならば、このあとの自分の心に任せようと思った。
「僕は?」
宗谷の続く言葉を尋ねながら、箕田は頬を包んでいた手で宗谷の顎を軽く上げる。
箕田が顔を少し傾け、二人の距離が近くなっても、宗谷の心に拒否感は生まれなかった。
そっと箕田の唇が宗谷の唇に触れる。
それは一瞬で、箕田は微笑んだ後、照れたように目線を伏せた。
「……驚かないね。もしかして、これももうあの子が伝えて?」
答えるかわりに、少しだけ口角を上げた。
「仕方のない子だ」
困ったような、だが愛情が伝わってくる言い方だった。
ゆっくりと箕田は体をもとに戻して、手綱を握り直す。
「近所に田中さんという大学生がいるんだ。どうもその子から潤はいろいろと情報を仕入れているみたいでね、」
ソリは下降を始め、しだいに箕田の家へと戻っていく。
「僕があの子にママは難しいって言ったら、ママのようなパパでもいいとか、多様性の時代だからとかって、妙に大人びたことを言うんだよねえ」
「それで、じきにと答えた?」
「そう。答えようがなくてね」
と困ったように笑い、手綱をゆっくりと後ろに引いた。
もう箕田の家の上まで来ていたソリは、手綱が引かれるのと同時にトナカイが足を止め、ゆっくりと下降する。
地面にソリが下りると、目を離した隙にトナカイはいつの間にかいなくなっていた。
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