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第5話 後悔してもいいですか

一旦タウンハウスに戻って、ロイは普段着になってから学園に帰った。  制服一式が入ったカバンという荷物が増えたため、馬車で送ってもらった。学園に入ってからは自分で運んだけれど、魔力を使えば多少の荷物ぐらいは難なく運べる。  部屋に帰って勉強机を見ると、なにやらメッセージが置かれていた。  《魔術学科の制服を返却されたし》  事務室からのメッセージだった。同室者は不在なようであるから、メッセージは魔道具の一種なのだろう。おそらく、事務室から直接ロイの勉強机の上に届けられたと思われる。  ロイは、騎士科の制服を取り出して、代わりに魔術学科の制服を詰め込む。一応は浄化の魔法をかけておく。そうして、学園の事務室へと向かった。  何度か行ったことがあるので、事務室のある建物では転移魔法で移動した。人目がないことを確認してから、ロイは建物に向かって歩き出した。転移魔法は使えるものが少ない。教師たちに見つかると、やたらとこき使われると聞いている。要するに、荷物持ちにされるということなのだろう。  ロイが事務室の扉をノックすると、すぐに返事が来た。中に入ると、事務職員たちが数名仕事をしていた。 「ロイだね」  学園の中では敬称を使われないから、事務職員からも名前で呼ばれる。  ロイは自分を呼んだ職員のところに行き、制服の入ったカバンをさしだした。 「うん、全部揃っているね」  職員はカバンの中身を確認すると、紙を一枚ロイの前に出した。 「はい、返却確認」  ロイは用紙の内容を確認して、名前を書く。書き終わると、用紙はキレイに燃え尽きた。 「はい、どうも」  事務職員は人の良さそうな笑顔を向けて、ロイを見る。 「ところで、寮の部屋は移動する?」  あまり、やる気のなさそうな聞き方だった。  おそらく、貴族ではあっても子爵家である。すなわち、部屋は2人部屋だ。騎士科の寮に、二人部屋の空きがないのかもしれない。  もしくは、あっても伯爵家の子息が入っている部屋だとか。 「空きはあるんですか?」  ロイは聞いてみた。別に、騎士科の寮に入らなくても、転移魔法が使えるから、移動は大変ではない。むしろ、汗臭いと言われる騎士科の寮に入らなくてもいいのなら、その方がいい。 「二人部屋が丸ごと空いてるんだよね。つまり、相方がいない」  二人部屋を一人で使わせたくないということだった。子爵家の子息が、二人部屋を一人で使ったら、侯爵家の子息の一人部屋より広くなる。使えるスペースは狭いけれど、一人の空間の問題だ。学園の平等とか言ってはいるが、私生活を送る場所では、階級によって部屋が区別されている。 「別に、移らなくていいのなら、このままがいい」  荷物を移動させるのが面倒だし、なにより同室者が良い奴だ。一度徒歩で騎士科の建物に行けば、後は転移魔法で何とかなる。騎士科の必要な場所を覚えるのも面倒だけど。  ロイがそう返事をしたので、事務職員は安堵の顔になった。余程子爵の子息が1人で二人部屋を使うのが嫌だったようだ。  ロイは魔術学科の制服を返して、寮の部屋を移動しないことを申請して、事務室を後にした。ある程度歩いて、転移魔法で自室に帰る。 「とーちゃくっ」  ボブんという、音がしそうな勢いで、ロイはベッドの上に無事到着した。靴を履いているから、すぐには降りるけれど、前世で観ていたアニメみたいで面白くて、自室に戻る時は、場所をベッドにしている。誰かに遭遇することもないので安全だ。  ロイがおもうぞんぶん大の字になって、ぎゅーっと瞑った目を開けると、誰かが自分を見ていた。  パチパチとまぶたを動かして、それが幻影でないことを確認すると、勢いよく起き上がった。 「なんでいるの?」  まるであの日のように、ロイの勉強机の椅子に、テオドールが座っていた。違うところは、テオドールが制服を着ていないことだろうか。シャツにカーディガンを羽織って、文学好きそうな学生の雰囲気をまとっている。  ロイは、ベッドから靴を履いたままの足を下ろした。そうすると、勉強机の椅子に座るテオドールと顔が向き合う。  テオドールの手には、ロイの新しい教科書があった。騎士の心得と言うやつだ。授業が進んでしまっているから、読んでおくように言われてはいた。 「騎士科に、行くというのは本当ですか?」  テオドールが、ロイに問う。 「え?うん。もう、手続きは済んだよ?」  休み明けからは騎士科の生徒だ。同じ学園ではあるから、合同演習なんかで顔を合わせたり、座学の試験は一緒に受ける。 「なぜ?私にどんな不満がありましたか?」  テオドールが少し怒ったように聞いてきた。  けれど、テオドール相手にだって、アーシアに言われたことをそのまま伝える訳にはいかない。ゲームの主人公って、伝えるわけが無い。 「だって、俺、女の子に負けちゃうぐらい力なくて…アーシア怖いから、騎士科で体鍛えよう、かなぁ……って」  たどたどしくロイが答えると、テオドールは、数回瞬きをして、ロイを見つめた。 「だって、あなたは確か…」 「うん、俺一人っ子だから、どの道家を継がなくちゃいけないから、仕事はなんだっていいんだ。領地もあるし」  ロイのそれを聞いて、テオドールはため息をついた。最終的には、ロイは領地を治める。それなら、魔道士より騎士の方が領民受けはいいだろう。こんなヒョロヒョロで薄っぺらい体より、そこそこでも鍛えられた騎士の方が、領民は見た目で安心するだろう。 「そう、ですか」  テオドールは、手にしていた教科書を置くと、立ち上がった。 「まぁ、二度と会えないわけではありませんから、悲観はしません。それよりも、合同演習の時に指名していただけるのを楽しみにしていますよ」  そう言って、ロイの手をとると、唇を落として去っていった。手の甲に唇を落とすのは、淑女に対する挨拶で、(一応は)男であるロイにするのはなんか違う。そうは思ったけれど、ロイが何かを言う前に、テオドールはいなくなってしまった。  ロイは先程まで、テオドールが手にしていた教科書を手に取る。座学は嫌いでは無いので、騎士の心得を読むことにした。  魔道士より騎士の方が何かと制約が多そうだ。子爵だし、なにより背の低いロイでは、卒業しても大したところに配属されないだろう。  変なところに配属されて、選民意識の高い、伯爵家の穀潰しみたいな、子息にこき使われるのだけは避けたい。そのためには、それなりの実力と作法を身につける必要がある。 「とりあえず、この教科書の内容は把握しておかないとなぁ」  入学した時、魔道士の心得とかいう教科書を読まされて、最初の試験の面接で、暗唱させられた。おそらく騎士科も同じことをしたはずだ。だとすれば、ロイだけやらされる可能性は高い。  読んでおくように、とは、すなわち、暗記しておけ。と、いうことと解釈するのが正しいだろう。  ロイは、夕食の時間までじっくりと教科書を読んだ。  同室者が帰ってきたのに合わせて、一緒に食堂に行くと、今まで気にしていなかった騎士科のメニューが目に付いた。同じ厨房で作られてはいるけれど、体を使う騎士科のメニューは肉が多い。しかも、量も多い。 「夕食でもあんなに食べるの?」  よそわれたシチューの量にロイは驚いた。 「そりゃ、体力勝負だからね。休みの日だって鍛錬している生徒は多いんじゃない?」  同室者にそう言われて、騎士科の方の席を見てみれば、確かにいかにもトレーニング上がりです。と言わんばかりの格好をした生徒が多かった。 「なに、あれ。クマみたい」  冬なのに、日に焼けた体をして、何故かノースリーブを着ている。肩についている筋肉がおかしな形をしていた。 「いや、騎士だから」  同室者はそう言うけれど、どう頑張ってもロイの体があんな風になるとは思えない。 「俺、あんな風になれるきがしない」 「なれるとは、到底思えないよ」  同室者が、すかさず言ってきた。  顔を見合わせて空いている席に着く。  魔術学科の生徒たちは、軽めの食事で、特に女子生徒たちはデザート中心のような食事をしていた。魔力を使うと甘いものが欲しくなる。 「今日はいつになく少食だね」  同室者がロイの食事を見て言った。 「うん。久しぶりに母親にあったら、お茶会に連れ出されてさぁ、バターの効いたお菓子にお茶をたっぷり飲まされたから、ちょっと胸焼け」 「はは、バターはキツいね」  同室者が笑う。甘いものは食べるけど、年頃の男子ともなると、バターのこってりとお菓子は敬遠したい。しかもそれに、生クリームがついてくるのだから、女子の胃袋はなんと、強いのだろう。 「朝から生クリームたっぷりのパンケーキを食べてからなんだよ」  ロイはため息をつきながら、サラダを口にした。ロイの胃はもたれにもたれているのだ。

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