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第6話 今日からよろしく
今までより30分早起きをして、ロイは同室者と一緒に朝食をとった。一応は肉と野菜をバランスよく自分なりに食べたつもりだ。
朝食がバイキング形式なのはありがたい。衝立の向こうに見える騎士科の生徒たちと比べると、ロイの食事は半分以下だ。それでもきちんと朝食をとったのは、学園に入って初めてだった。
「これ以上食べたら、校舎に着く前にお腹痛くなる」
お茶で流し込むように、最後のパンを飲み込んで、ロイは席を立った。同室者はそんなロイを眺めて笑っている。
「昼食はどうするの?騎士科は量が多いよ?」
「受け取る前に、減らしてもらう」
ロイは即答した。注文する時に、初めから半分で!っと言えばいいのだ。どんなにお腹がすいたって、あんな量はロイの胃袋には、収まらない。
騎士科の制服をきると、同室者はロイをじっくりと眺めた。
「なかなか、似合うね絵本の王子様みたいだ」
「絵本ってなんだよ」
褒められたかもしれないけれど、絵本限定というのが引っかかる。
「え?それはねぇ、ロイはどう見てもちっちゃい」
そう言って、頭をポンポンされると、どうにもならない。身長と顔立ちが絵本の王子様なのだ。
時間割が分からないので、騎士科の教科書を全部空間収納に突っ込んだ。魔術学科の生徒でも、これができるのは数少ない。騎士科ともなれば、いないかもしれない。
「剣が重たそうだね」
同室者が指摘する。どうしても、まだ体が偏る。訓練用の剣なのに、ロイの体からすると重たいのだ。
「重心が偏る。慣れたら体が常に傾きそう」
ロイはそう言って、鏡で身だしなみをチェックした。
「じゃあ、おさきに」
魔術学科の寮からだから、騎士科の校舎は遠い。とりあえず、場所を把握さえすれば、明日からは転移魔法で行ける。今日だけの我慢だ。ロイは頑張って歩いて、騎士科の敷地にたどり着いた。前方を歩いている生徒は、どう見てもロイより、頭一つは大きい。
校舎近くの着地ポイントを探しながら歩くと、騎士科の生徒たちの波にのっていた。回りにはなんだか筋肉質な生徒しか見当たらない。小さなロイが気になるのか、追い抜く際に顔を見ていく生徒が多い。誰も彼もが初めましてのロイは、不躾な視線に耐えるしか無かった。
校章の縁どりの色で学年が分かる。ありがたいことに、頭一つ小さいロイの視界に、校章がちょうどあった。同じ一年の黄色を探すと、ちょうどロイを追い越していく生徒が黄色だった。どうやらロイは歩くのが遅いようだ。
教室の確認のためについて行こうとしたら、その生徒が振り返ってロイの前に立った。
「!!」
ロイが驚いて立ち止まると、目の前の生徒に肩を掴まれた。
「お前がロイ・ウォーエント?」
うえからものを言われて、ロイは面食らった。
まぁ、確かにロイより頭一つ以上は大きな生徒だ。
「そ、う…ですけ、ど?」
ロイは瞬きを繰り返して、相手を見た。大きいし、なにより金髪が眩しい。
「俺は騎士科一年の総代を務めている」
「はぁ」
総代ってなんだろう?ロイは考えた。魔術学科にもいたような気がする。あまり関わった記憶が無いから、目の前の相手の尊大な態度の意味がわからなかった。
「俺はセドリック・ロイエンタールだ。当面お前の面倒を見てやるからありがたく思え」
そう挨拶されてロイは内心うんざりした。
(ゲームキャラの自己紹介まんまじゃん)
どうやら、この、キラキライケメン俺様と、当面の間御一緒しなくてはいけないらしい。なんとも面倒な事である。
「ロイは小さいから、よく目立った」
頼んでもいないのに、手を繋いで歩いてくれるセドリックは、全くロイの歩調に合わせるつもりは無いらしい。コンパスの違いを気にする様子もなく、ロイの手を引っ張るようにして歩いていく。
「ちいさくて目立つって」
見たまんまのことだけど、小さいのに目立つとはこれ如何に?登校する生徒たちの中に埋もれていたのでは無いだろうか?
「ロイがいるところだけ、穴が空いているようだった」
なるほど、小さなロイは見えないけれど、そこにいるから遠目からは穴が空いているような空間になっていたと言うことか。
しかし、それを分かりながら、なぜ歩調を合わせない?どう考えてもロイのコンパスの方が短いではないか。セドリックは、女の子とデートをしたことがないのだろうか?
「俺のことはセドと呼んでくれ」
出会って五分以内に愛称呼びとか、なかなかなものだ。どれだけ俺様なのだろうか。
「あ、うん、わかった……セド?」
とりあえず呼んでみると、セドリックは満足そうに返事をした。若干面倒臭いヤツと思ったことは口にはしない。
セドリックに引かれて着いた教室は、魔術学科と同じすり鉢状ではあったけれど、教卓のスペースが広かった。セドリックは、ロイをグイグイと引っ張って、何故か教卓のスペースに立たせた。魔術学科と違って、騎士科の生徒は少ない。貴族の子息子女は、わざわざ危険な職につかないのだ。王家に由来するような家柄から、近衛騎士になるための人員と、騎士団に所属すると親を持つ者が積極的に騎士科に入って、後は家督を継ぐこともできず、行先もないような貴族の子息が騎士科に来ていた。
つまり、後者が厄介な生徒たちだ。選民意識だけが高く、なんの取り柄もない。重責に付けるだけの頭もない。騎士科で、体だけ鍛えられて、統率力がないものだから、地方の前線に送り出される。そんなヤツらを牽制するために、セドリックはわざわざロイを紹介するのだ。
公爵家の子息で、総代を務める俺が面倒を見ているぞ。そう知らしめるために。
「ロイ・ウォーエントだ。今日から騎士科に編入してきた。仲良くしてやってくれ」
セドリックが、やたらと大きな声でロイを紹介した。ロイはセドリックよりも頭一つ以上小さいので、背後に立つセドリックに、まるで抱き抱えられているように見える。
「よろしく」
ロイの声は、実質セドリックの五分の一ぐらいの声量だった。それでも、騎士科の生徒たちは気にしてはくれなかったらしく、目の前の席に座る女子生徒からは、軽くウィンクされてしまった。彼女の方がロイより大きい。多分、体の厚みもある。
セドリックは、そのままロイを一番前の席に座らせた。隣に自分が座る。
「ミシェル・オランドよ。よろしく」
女子生徒に挨拶をされて、改めてロイは挨拶をした。
「ロイ・ウォーエントです」
握手を交わしてわかったことは、ミシェルの方が手が大きくて、剣を握ってできたタコがあるということだった。
騎士科の教卓スペースが広いのは、座学とは言えど、型の説明のために実践するからだった。
教師の説明を聞いていると、横からセドリックが解説をしてくる。しかも、左隣に座っているからなのか、ロイの教科書を指さすために、毎回ロイの肩を抱くような体勢をとってくる。これが女の子だったら勘違いしてしまうところだけど、ロイは男だ。隣のミシェルにしてもらえたら、少しは嬉しいかもしれない。ロイがそんなことを考える度に、ミシェルは分かっているのか微笑んでくれた。
「午後は実技だぞ」
そう言って、セドリックはロイを立たせた。ロイが不思議そうに見つめていると、セドリックはちょっとだけ目線を外した。
「だから、しっかり食べないとついてこれないぞ」
そう言って、ロイの肩を叩いた。上から叩かれたから、ロイの体が若干小さくなる。
「セドリック、ロイが痛そうよ」
ミシェルが注意すると、セドリックは少し慌ててロイの背筋を正してきた。
「食堂へ行こう」
セドリックはまた、ロイの手をグイグイと引っ張る。座席から抜け出す際に、ロイは後ろの席を振り返る形になった。その時にようやくテリーの姿を見つけた。隣に座っているのは、
「王子?」
遠目からでもハッキリと分かるぐらいに、高貴な雰囲気をまとった王子が座っていた。
ロイのつぶやきが聞こえたのか、一瞬王子と目線があったような気がした。
けれど、ロイのつぶやきなんか聞いちゃいないセドリックは、どんどん進んでいく。その後ろをミシェルが付いてきた。
昼食は定食のスタイルだから、トレイをもって厨房の前で食べたいものをコールする。騎士科のメニューはメインが全て肉だった。
既に食べ始めている上級生の姿を見て、ロイはうんざりした。
(昼にステーキ二枚とか、どんな胃袋なの?)
オマケになんだか汗臭い。実技の後はシャワーを浴びると聞いているのに、おかしい。しかも、ここは食堂なのに、食べ物の匂いよりも汗臭いなんて意味がわからなかった。
「チキンサラダ」
ロイはそれだけを口にした。何も言わなくてもパンの載った皿が置かれる。しかも二個。魔術学科の食堂だと、皿のパンは一つだ。
ロイは慌ててトレイを引っ込めると、セドリックの後ろに隠れた。スープを配膳している人が、ロイの分をそのままミシェルのトレイに乗せた。
「ロイ、好き嫌いはダメよ」
ミシェルに窘められたが、ロイは首を左右に振る。
「そんなにたくさんは無理」
だって、スープの入ったカップが大きい。魔術学科の食堂のスープは、カフェオレボールぐらいの大きさなのに、ここのはどんぶりサイズだ。そんなにたくさん飲めないし、そもそもこぼさずに運べる自信が無い。
セドリックの後ろに隠れるようにして、ロイは席に着いた。
「ロイ、午後は実技だと言っただろう?」
セドリックがロイのトレイを見て言う。
「いきなりそんなには食べられない」
ロイは首を左右に振る。汗臭くてたまらないから、自然とミシェルのそばに行ってしまう。
「じゃあ、ロイ。ぜんぶ食べられたらデザートを貰いましょう」
ミシェルの提案にロイは頷いた。
もちろん美味しかった。美味しかったけれど、飲み物が牛乳だ。しかも注がれたグラスが大きい。必死でパンを食べて、牛乳で流し込んだ。
ミシェルがデザートを取ってこようとしたけれど、ロイは慌ててとめた。
「むり、これ以上食べたら動けない」
ロイが上目遣いにそう言うと、ミシェルは少しだけ頬を赤くした。
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