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第8話 イベントですか

「夢じゃ無かった」  朝目覚めて、ロイは現実を思い出した。ここは学園の寮で、ロイは悪役令息だ。騎士科の学生に何人か攻略対象者がいる。魔術学科は、聖女であるアーシアのフィールドだ。話が進んでいくと、新しい攻略対象者が増えてきて、最後の卒業式に誰か一人と結ばれる。らしい。  しかも、攻略対象者は全員婚約者がいる。ロイが攻略すると所謂NTRが発生する。らしい。  らしい、とするのにはわけがある。  だって、NTRが、発生するということは、ロイが攻略対象者とそういうことをするということだ。  つまり、入学するまで精通もしていなかったのに、テオドールに初出しをされて、次は攻略対象者の誰かに童貞か処女を捧げるわけだ。  何その無理ゲー  起きてそうそうに、ロイは頭を抱えた。  同室者は、ゲーム内におけるナビゲーターのようなものなのだ。だから、ロイは部屋を移らない。 「おはよう。ロイ、早起きだね」  同室者が声をかけてきた。珍しく早起きしたロイに驚いている。 「ああ、うん。おはよう」  ロイはベッドから降りて、クローゼットの前に立った。騎士科の制服に着替えると、同室者と一緒に食堂へ向かった。 「食堂ぐらいは騎士科を使ったら?」  同室者が歩きながらそんなことを言ってきた。 「え? 朝からあんなに食べられないよ」  アシンメトリーに作られた、騎士科の食堂を見れば、朝からみんな沢山食べている。パンの量だって、魔術学科の2倍はのっている。ロイは半分にしてもらっているのが普段なのに、騎士科の食事をまともに食べたら四倍の量だ。 「うん、まぁ、確かに、ね」  同室者もさすがにあの量をみて、頬の辺りが引きつっていた。とりあえず、ロイの目標としては、魔術学科の食事を、ちゃんと一人前食べられるようにするところからだ。  食事を終えて、部屋で身だしなみを整えると、ロイは時間を確認した。まだ、昨日の登校時間より早い。セドリックが世話をしてくれると言っていたから、セドリックに時間を合わせた方がいいのだろうか?  騎士科の寮の位置は、昨日のおかげで把握した。入口近くに着地して、セドリックを待てばいいのだろうか?けれど、待ち合わせの約束なんかしていない。 「少しうろつくか」  転移ポイントを増やすためにも、場所を把握する必要が有る。昨日のおかげで、騎士科の寮の位置と、知りたかった訳では無いけれど、アレックスの部屋の場所も分かった。  昨日覚えた騎士科の校舎前に着地した。人気がほとんどないので、わざわざ木の影に着地してしまって、あたりの様子を伺うのが逆に面倒だった。  昨日の午後の授業で、使用した場所に行ってみると、朝から訓練をしている生徒がいて驚いた。魔術学科ではそんなことをする生徒はいなかった。  しかも、一人ではなくて、複数いる。  ロイが驚いて、いつまでも眺めていると、生徒たちが切り上げてロイの方へと歩いてきた。 「あれ? 見学者がいた」  一人がロイに気がついて声を発した。  そうすると、その場にいた全員がロイを見る。 「随分とちいさいな」  ロイをみて、誰かが言った。 「噂の編入生か」 「ロイ・ウォーエントだよ」  ロイの視界ではないところから、ロイの名前を言われた。周りにいる誰もが大きくて、ロイは皆を見上げている。 「へぇ、魔術学科からの編入生?」  そう言って、ロイの頭を撫でてきた。 「やめとけ、アレックス様のお手付って噂だ」 「セドリックが、世話係になっている」  それを聞いて、ロイの頭から手がなくなった。 「え? まじで?」 「ユースル様のが、数倍も美人なのに?」  やっぱり、王子であるアレックスには婚約者がいた。しかも、ロイは何もしていないのに、既にアレックスと何か起きていることにされているようだ。 「え? 俺、王子とはなんともないし」  ロイがそう言うと、目の前の生徒が口を開いた。 「何も無くても、アレックス様が部屋に誘ったのだからそう取られる」 「俺たち平民には分からないけれど、お貴族様は愛人とか側室とか持てるんだろ?」 「え、それはヤダ」  思わずロイは、否定した。もちろん、アーシアの言うNTRも嫌だけど、側室とか愛人って、だいぶ微妙な立場だ。 「でも、ユースル様より劣るけど、お貴族様なだけあって、顔立ちは整ってるよな」  頬を突然撫でられて、ロイは驚いて後ろに下がった。 「俺、そう言うの興味無いから」  もう一歩下がって、ロイは転移魔法を発動させた。もうめんどくさいので、教室にした。座標はきちんと合わせたから、教卓のスペースにきちんと着地した。  教室にはまだ、そんなに生徒がいなかったようで、昨日と同じ席にミシェルが座っていた。 「おはよう」 「…おはよう、ロイ。本当に転移魔法を使えるのね」  ミシェルは目を見開いて驚いていた。けれど、すぐに笑顔になって、挨拶をしてくれた。 「使わないと、座標のズレが生じても気づかなくなる」  ロイはそう言いながら、ミシェルの隣に座った。 「セドリックは?」  うっかり忘れていたけれど、セドリックが世話係だった。転移魔法を使えることは教えてはいたけれど、直接教室に登校することを伝えていなかった。 「登校はしていたわよ。ほら」  ミシェルが昨日の席にセドリックの教科書が、あることを教えてくれた。 「ほんとだ」  ロイはそう言いつつ、教科書を空間収納から取り出した。 「やだ、あなたったら、空間収納も使えるの?」  ミシェルが、あまりにも大きな声で言ったから、教室の視線がロイに集まった。 「え? 使っちゃダメなの?」  ロイが困ったように言うと、ミシェルは首を左右に振った。 「違うわよ。騎士科では使える生徒がほとんどいないから」  なるほど、またもやロイは、貴重な存在になってしまったらしい。 「おはようロイ」  そんなことをしているうちに、セドリックがやってきた。昨日と同じ席に座ることが当たり前かのように、セドリックはロイの隣に座る。魔術学科にいたから、ロイは座学が苦ではなかったけれど、騎士科の座学は戦術だったりするので、ロイにはだいぶ難しかった。  午後の実習の前、ロイが一人で歩いていると、横から誰かが出てきた。  ぶつかる訳ではなく、ロイが認識できるだけの余裕のある行動だった。 「君がロイ・ウォーエント?」  目の前に立ったのは、同じ騎士科の生徒で、3年生だった。 「そ、う…ですけど?」  ちょっと中性的な顔立ちをしてはいるけれど、声を聞く限り男性だと分かる。綺麗な立ち姿で、将来は近衛騎士になりそうな雰囲気だ。 「私はエレント・ライハム。同じ騎士科の3年に所属している」  騎士らしい自己紹介に、ロイはなんと返したらいいのか分からなくて、瞬きを繰り返した。 「君の世話係をしている1年の総代セドリック・ロイエンタールは私の許嫁だ」  それを聞いた途端、ロイの頭の中では警告音が鳴り響いた。これはイベント発生と言うやつではなかろうか? ロイは思わず逃げ出しそうになったけれど、まだ、何もされていないのに、逃げてしまっては変に勘ぐられる。 「はぁ」  なんと返事をしたらいいのか分からなくて、ロイは何となく相づちをうつ。 「総代だから仕方がないこととはいえ、許嫁である私以外の者の体を洗ったと聞いた」  昨日のことだとわかったけれど、未遂だ。セドリックがロイを、脱がそうとしたのは事実だけど、脱がされていないし、洗われてもいない。 「そこは否定させて! 俺、脱がされてないし洗われてもいない」  ロイが全力で否定をすると、エレントは眉をひそめた。 「脱がす?」  よりにもよって、そんなワードに引っかかられても困る。 「だから、違う。俺が王子に会う前にシャワーを使おうとしなかったから」 「王子? アレックス様にお目通りをするのに、シャワーを浴びなかったのか?」  今度はそこに引っかかってきて、エレントの眉間にシワがよる。 「シャワーは、浴びなかったけど、浄化魔法を使ったから、シャワー浴びるより綺麗にしたよ」  ロイがそう言い返すと、今度は驚いた顔をされた。 「浄化魔法を使える?」 「俺は使えるの。魔力量も割とあるから、大したことじゃない」  ロイがそんなことを言ったものだから、エレントはロイのことをじっくりと見た。 「セドリックにも浄化魔法を?」 「したよ」  聞かれたから即答した。ロイを洗おうとしたのだから、ロイが浄化魔法をかけたって問題はないだろう。 「私のセドリックに?」  なんだかめんどくさい発言が聞こえたので、ロイは少しだけエレントから離れた。 「別に、浄化魔法をかけるぐらい普通だし」  なんなら、使った食器を洗うのと何も変わらない。 「……私の許嫁、だ」  よく分からないけれど、沸点がちょっと違うようだ。なんだかめんどくさい空気を感じたので、ロイはゆっくりと後ずさる。 「エレント様、申し訳ないですが、次の授業がありますので失礼しますね」  後ろに走る素振りを見せて、そのまま転移魔法を発動させた。座標は昨日の演習場。誰がどこにいるのか分からないので、そっと壁際に着地した。  真ん中辺りにセドリックが見えたので、ゆっくりと近づこうとしたら、急に肩を掴まれた。 「うっわ」  驚きすぎて、ロイは少し大きな声を出してしまった。 「ロイ、声が大きいわよ」  そう言ってきたのはミシェルで、可愛らしい口の前に指を一本立てている。 「だって、いきなり肩を掴むから」 「それを言うなら、ロイだっていきなり現れたじゃないの」  お互い様なので、顔を見合わせて笑った。 「エレント様に、絡まれた?」  ミシェルに言われて、ロイは目を見開いた。あの場所には、誰もいなかったはずなのに。 「大丈夫よ、見ていた訳では無いの。ただ、私も最初絡まれたから」  ミシェルも入学当初、エレントに絡まれたらしい。理由は、学年で唯一の女子生徒であるために、総代を務めるセドリックが安全のために常にそばにいるから。  それを勘違いするな。とわざわざ言いに来たそうだ。  なんともめんどくさい人物である。 「そーゆーのって、セドリックは知ってるの?」 「知らないんじゃないかしら? 学園内で、二人がいる所を見た事もないし」  ミシェルと話しながら、演習場の真ん中に歩いていく。 「え? 許嫁って聞いたけど?」 「だからじゃない? セドリックは気にもしていないのよ。親が決めたことだから」 「そんなもんなんだ」 「そんなものよ」  ミシェルと話をしている間に、組み分けがされたらしく、ロイとミシェルはセドリックのチームに入っていた。対するはアレックスのチームだ。  演習場に陣地を作り、二手に分かれての戦闘訓練だ。  教師が演習場の真ん中に深い堀を作り出した。コレを超えるのもなかなか考えるところがある。  戦闘に慣れていないロイは、大人しくミシェルの隣に立っていた。ミシェルの一族は、代々後宮の護衛を務めているから、このような戦闘は苦手だ。 「遠距離攻撃をするのかしら?」  ミシェルが呟いた。確かに、あの深い堀を超えて攻撃に向かうのは宜しくない。相手に狙われるだけだ。 「テリーが少し魔法を使えたはずだ」 「土魔法でしたったけ?」  セドリックの隣で、メモをとっているのが参謀役なのだろう。  作戦会議は10分と時間が短い。  あちらがどんな策をしてくるか、ある程度予測しなくてはならない。それに対策をして、攻め込む手段を考える。 「こちらには土魔法が、使える者がいませんからね」  敵のテリーがあの堀を埋めたところが、決戦場所になるのだろう。 「壁を作ればいいの?」  ロイが口を開いた。 「勝手に発言するな」  参謀役がロイを叱り付ける。 「時間ないんだからさぁ、もう少しテキパキしてよ。俺、魔法使えるよ。壁が欲しい? それとも高台? 俺の方がテリーより魔力量あるよ」  ロイがそう言ったところで、ようやくセドリックが気がついた。 「ああ、忘れていた。ロイ、お前、この間まで魔術学科だったな」 「そうだよ、早く思い出してよ。で? 俺に何して欲しい?」 「開始の合図とともに、壁と高台を作ってくれ」 「いーよ、砦ってこと?」  ロイがそう言うと、参謀役が口を開いた。 「砦が作れる?」 「作れるよ。授業で習ったやつしか作れないけど」 「それで十分です」  参謀役が喜んだ。  もちろん、他の生徒も喜んでいる。 「俺戦えないから、サポートならガンガンするよ。これって、実践訓練なんでしょ?」 「ああ、そうだ、戦闘不能になると、あそこにいる教師に退場させられるんだ」  セドリックが指さす場所に、教師が二人立っていた。騎士科の教師のようだが、魔力量がなかなかにある。 「あっちは、テリーの他に魔法使えるの?」 「いる。アレックス様は、かなりのものが使えるそうだが、こういった時は軍師に徹されるから、あまり魔法を使わないな」 「じゃあ、俺もそこそこ抑える……として、あの堀を埋めるんなら、場所を指示してくれよな」  開始の合図とともに、ロイは一気に砦を作り上げた。  授業で習ったものだから、いちばん簡単な形をしている。  それでも、軍師役のセドリックが演習場を一望できるだけの高さは作り出せた。 「すげぇな」  そんなことを呟いたのは、俺たち平民とか言っていた生徒だった。 「そんなに驚くこと?」  ロイが聞き返す。 「俺たち平民は、戦闘能力と体力でもって、学園に入学を許可されたんだ。聖女みたいに特別なものがある訳じゃない」 「ふぅん」  ロイにとってはどうでもいい話だったけれど、人員を見れば何となく理解出来た。要するに、王子であるアレックスのチームには平民を、入れていないのだ。 「テリーが、土魔法で壁を作っている」  見れば、地形が変形されていくのが分かった。 「ひゃあ」  何かが飛んできて、ロイの前で弾けた。 「目眩しだ」  確かに、弾けた何かは強烈な光を放ってくれた。そのせいで、こちらの大半が視界を奪われた。 「もぉっ」  ロイは腰の剣を抜いた。  杖ほどではないが、それでも、剣先に魔力を載せると、シールドを展開した。 「堀を埋めて攻め込んできた」  誰かが叫んだ。堀よりこちらに来てしまったということは、攻め込まれている。ロイが作ったのは砦だけなので、周りを囲まれたら終わりだ。  外で戦っている生徒たちが見えたけれど、どう見てもこちらが押されている。  アレックスのチームには、貴族の子息たちしかいない。生まれも育ちも恵まれているから、平民の生徒より体の厚みが違うのだ。 「やな感じ!」  ロイはそう言うと、自軍の生徒たちに強化魔法をかけた。杖の代わりに剣先から魔法を発動させる。 「ロイ、それはなんだ?」  強化魔法を知らないセドリックが聞いてきた。 「これ? 強化魔法だよ、体が一時的に強くなるの」  押され気味だった平民の生徒たちが、アレックスのチームの生徒を倒すのが見えた。 「ロイ、その魔法は、どれくらい持つんだ?」 「え? この演習中ぐらいは保つんじゃないかな?」  実際、他人にかけたのは初めてだけど、なかなか効果があるようだ。 「ねぇ、セドリック、早く指示を出して」  実践がどんなものだか分からないから、ロイは強化魔法を施したあと、何をすればいいのか分からない。 「あ、あそこの団子状になっているあたり、あの付近の堀を埋めてくれ」  セドリックが大きく腕を動かしたのが見えたせいか、また、何かが飛んできた。 「セドリックが、的にされてるみたいだね」  ロイはそう言うと、飛んできた何かを剣で打ち返した。上手いこと弾き返せたソレは、アレックスの陣地に落ちて爆発した。 「そんなことができるのですか?」  参謀役が感心したように言ってきた。 「剣に強化魔法をかけたの。あんたのにもかける?」 「ロイ、私の剣にかけて」  ミシェルが、そう言って剣を出してきた。 「分かった」  ロイがすぐに施すと、ミシェルは飛んでくる何かを弾き返した。 「凄い! 剣が壊れないわ」  どうやら、あちらから飛んできているのは火の玉みたいなもので、地面に着くと爆発する仕様のようだ。 「だいぶ、戦局が面白くなりましたね」  参謀役がそんなことを言っている時、ロイは目に付いた所に魔法を発動させた。 「何をした?」  セドリックは、ありえない光景をみて、だいぶ驚いていた。アレックスのチームの生徒が、堀に落ちているのだ。 「テリーの作った橋を落とした」  ちょうど、テリーの作った橋を、アレックスのチームの生徒が渡っているのが見えたので、ロイはその橋を落としたのだ。おかげで橋の上にいた生徒が堀に落ちて、その衝撃で戦闘不能になっていた。 「そんなことまでできるのか?」 「地形を変えただけ、何も難しいことはないよ」  ロイが施した強化魔法のおかげで、セドリックのチームが完全に押していた。テリーの作った壁のおかげで、アレックスが、守られている状態に近い。 「アレックスが魔法を使ったら全員やられるよね?」 「そうだな」 「ねぇ、王手しちゃう?」  ロイが楽しそうに笑った。  アレックスの目の前で、セドリックの陣営の生徒たちが、驚く程によく動いていた。アレックスには理解出来る程度の強化魔法がかけられているからだ。体格差で押していたアレックスのチームは、どんどん押されて、随分と攻め込まれてしまった。 「面倒なことですね」  テリーがボヤきながら、土魔法で敵の足元をすくう。一見地味だが、かなり効果はある。 「私が蹴散らしましょうか?」  そう言って、テリーが一歩踏み出そうとした時、アレックスはセドリックの姿が消えたことに気がついた。 「待て、様子がおかしい」  アレックスがそう言って、テリーを呼び止めた時、背後に何かが落ちてきた音がした。 「その首、もらった」  アレックスの首元に、練習用の剣が当てられていた。 「バカな」  姿が消えたセドリックが、いつの間にかにアレックスの背後まで移動していたのだ。 「ダメだよ、油断しちゃ。いつもいつも同じことしてたら、飽きちゃうでしょ」  セドリックの後ろからロイが、顔を出した。 「お前……」  ロイに気を取られたテリーが、平民の生徒に叩かれたのはその瞬間だった。

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