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第35話 悪役令息のやんごとなき事情

アレックスの舌が、ロイの口の中に入っている。  粘膜に触れるたびに、質の良い甘い魔力を感じられて、ロイは全く嫌な気持ちにならなかった。上顎を舌の先端でつつくように撫でられたり、歯茎の裏側をゆっくりと舐められると、ジワリとアレックスの魔力が流れ込んでくる。特に、上顎の奥、柔らかくなっている喉との境目に近い場所は、押すように舐められれば痺れが来るほど気持ちよかった。  そうやって、アレックスに口からの存分に魔力を摂取できてしまっていたから、ロイの気持ちはそちらに向いてしまって、本来の目的を失念してしまった。  だから、いきなり腰のあたりに魔力が当たった瞬間、ロイは驚きすぎて、アレックスを突き飛ばしてしまった。 「ひゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」  アレックスの指が入り込んでいる。そこから何か魔法を放たれたのだ。それがロイの中に広がったから、腰に衝撃がきたのである。 「そんなに驚いた?」  突き飛ばされたとはいえ、反動でロイの背中がシーツにぶつかっただけだし、アレックスは単に上体が起きただけだ。それに、指は抜けていない。  だから、アレックスはそのままロイを見下ろすようにして、指を動かした。ついでに水魔法で潤滑剤のようなものを作り出し、ロイの中に注ぎ込む。 「ああああ、な、なに」  急にアレックスの指が滑らかに動いて、自分の体からあり得ない音がした。しかも、指の数が増えた気もする。粘膜を擦るように動かされて、しかも広げようとしているのが分かってしまう。そんなところの神経なんか、普段は意識したことなんてないのに。 「いたくはない?」  上から、覗き込むようにアレックスが聞いてきた。  見つめあって聞かれるなんて、想定外もいいところで、ロイは口を開けたり閉じたりとするだけで、返事なんてできなかった。  そんな雛鳥みたいに口を動かすロイを見て、アレックスは微笑んだ。 「怖がらないでね。酷い事はしないから」  アレックスはロイにそう言って、ロイの入り口をさらにほぐしにかかる。魔力をゆっくりと注いでいけば、粘膜は傷つく事なく柔軟性を増して、アレックスを受け入れやすいように広がっていく。対処の仕方がわからないロイは、ただ呆然とアレックスの顔を見つめていた。  そして、ソファーに腰かけたマイセルは、頬杖をついて眺めていた。 「酷いこと……すると思うけど、な」  常に傍に誰かがいる人生を送ってきている自分たちは、それが普通だと思っているけれど、平民とはかけ離れているし、下位の貴族であるロイからしても違うだろう。他人から見られ続けることに慣れていなければ、この状態は普通ではない。  閨事を、誰かに見られるなんて、普通のことではない。常日頃から侍従に体の隅々まで洗わせて、全ての世話を任せているマイセルでさえ、自分の痴態を晒せないと思ったのだ。そもそも、王子の自分が、たとえ隣国の王子とは言え、組み敷かれるなんて無理だった。  だから、今回の提案にのったのだ。自分たちの地位を確固とするために。 「ぁ、ぁあ……ゃ、っだ」  ロイの中をアレックスの指が丹念にほぐしていく。輪郭をなぞっていた時に叩いた箇所を、今度は中から叩いてきたのだ。  中から押すように叩かれて、外から手のひらで抑えるようにされたから、そこの薄い腹をアレックスの魔力が通った。 「なん、でぇ、そこ、やだぁ」  体を起こしてアレックスの手から逃げようとしたのに、そんなところを押さえられてロイは動けなくなった。腹を押さえる手は払えても、中に入った指はどうすればいいのだろうか?肘で上半身を支えた状態で、ロイは自分の下半身を見た。アレックスの顔が近くにあって、自分の中にはアレックスの指が入り込んでいるこの状態は、正しいのか。 「やめて、そこ……ムズムズする」 「ここ?」  アレックスは、ロイの言葉を聞いたのか、中から押し上げてきた。 「あああああああ」  背中を仰け反らせてロイが声を上げた。アレックスの肩にのせられた片足が空を蹴った。 「ロイはここがいいのかな?」  後頭部をシーツに擦り付けるようにしているロイを眺めながら、アレックスはそこを中から丹念に押し上げた。そのせいで、ロイの薄い腹は小さく波打っている。 「はっはっはっはっ」  口を大きくあけてロイは息を吐き出す。そうしないと、何かが自分の中で爆発しそうだった。ムズムズが治らなくて、片方の足がシーツを強く押している。 「ああ、忘れてた」  そう言ってアレックスは、ロイのゆるく反応しているものをやんわりと握りしめた。そうして、根元のあたりを指先で摘んだ。 「っ……なに?」  何かに急に締め付けられて、驚くよりも苦しくて、ロイは大きく目を見開いた。  なにかがロイの解放を阻止している。  それが苦しくて、なにかを確認しようと手を伸ばせば、その手をアレックスに掴まれた。 「ごめんね、ロイ。ロイには魔力を溜め込んで欲しいんだ」  そう言って、アレックスはロイの口を塞いだ。またアレックスの魔力が流れ込んでくる。甘くて美味しいのに、今は苦しくて仕方がない。 「ロイの中に、いっぱい俺の魔力を受け入れて」  アレックスはそう言うと、ロイを抱え込むように抱きしめた。そうして両足の膝の裏に腕を回し込んだ。 「テオドール、いるか?」  唐突に、アレックスがテオドールを呼んだ。返事はないけれど、視線の先にはテオドールが立っていた。  表情のない顔をして、真っ直ぐにこちらを見ている。  ロイは、自分の部屋にテオドールがいたことに驚いた。そして、なによりも自分のこの格好を見られていることに恐怖した。 「な、な、な、なんでっ」  色々な感情が混ぜ合わされて、ロイの体が小刻みに震える。 「見届けろ、まずは私だ」  アレックスがゆっくりとロイにあてがわれてきた。そうして、さきほど丹念にほぐしていた場所に入ってくる。粘膜が、魔力に反応して、吸いつこうとしている。そのせいで、せっかくほぐしたのにスムーズに入っていかない。けれど、ロイは魔力を感じて、体を小刻みに震えさせていた。 「……ぁあ…ぁ…はぁぁ、っあ」  長く息を吐くように、ロイの口から声が漏れると、それに合わせるように、ロイの胎内にアレックスが進んでいく。粘膜が擦れて、アレックスの先端が掠めると、甘い痺れがロイの頭にまで駆け抜けていく。ロイの手がアレックスの腕を掴んだ。  どうしたらいいのかわからなくて、頭をアレックスの肩に擦り付けて必死に顔を見る。 「お、おなか、熱いよ。…助けて」  声を出すよりも、息を吐く方が多いぐらい、ロイの口が動いている。  ロイがアレックスに懇願する様子を、テオドールはただ黙って見ているけれど、ソファーに座るマイセルは呑気に侍従がいれたお茶なんぞを飲みながら鑑賞していた。 「ロイ、言ったよね?ロイの中に魔力を溜め込むから、出せないんだよ」  そう言ってアレックスはロイの口を塞いだ。体のいろんな箇所を塞がれて、ロイの熱は逃げ場を失った。 「酷いこと、してるよねぇ」  マイセルはその呟きを何気なしに隣に座る人物にぶつけてみたけれど、返事は返ってこなかった。おまけに、離れたところに立つテオドールは、マイセルの方に視線さえよこさなかった。  テオドールは、顔を正面にむけたまま、背後にある扉の外に意識を向けていた。聞き覚えのある声が、なにか言い争うようにしているのが面白いのだ。 「だから、なぜなんだ?」 「子爵夫婦からは許可を得ている」  テリーの肩を掴むセドリックに対して、テリーは涼しい顔で対応する。テリーも立会人の一人であれば、結界を張ってはいるものの、中の音は聞こえてくるものだ。ロイの自室と、セドリックの案内された客間はそんなに離れていなかったため、セドリックはロイの声を聞いてしまった。  最初は頭を振って否定した。疲れているから、なにかをそんな風に聞いてしまっているだけだと言い聞かせたのだけれど、ハッキリとロイの声が聞こえてしまい、セドリックは廊下に出てしまったのだ。 「許可?なぜ?」  状況に対して意味がわからなさすぎて、セドリックは考えるよりも、目の前にいる学友に答えを求めた。ただ、聞いたところで理解できる自信はないけれど。 「セドリック、お前だって手伝っただろう?マイセル様の蔓草集めを」 「あ、ああ」 「鮮度が落ちないうちに編み上げなくてはならない」 「そのくらいは知っている。だが、何故、ロイが?」  セドリックの手に力が入るから、多少テリーの顔が歪んだ。けれど、セドリックは気づいてはいない。 「お前も知っている通り、マイセル様は同性の婚約者だ。政略的だとすれば、明らかな家格の差があれば自然と器役が決まるだろうが……あちらも王子だ」 「聖女を使うのが通例だろう?」  セドリックが余裕のない顔で言う。けれど、テリーは顔色ひとつ変えずに答えた。 「アーシアだが、学園に入る前から器役を生業にしていた。万が一にも混ざり物となっては大ごとだからな、子爵夫婦の承諾書を以って我々が立ち会っている」  テリーの言葉が耳に入ってきたけれど、やはりセドリックは理解できなかった。否、どこかでなにかを期待していたのだ。 「王位継承権がかかっているからな、不手際は許されない。王族は子を成すためのゆりかごを、自らが全て用意しなくてはならない事ぐらい知っているだろう?」 「……………」 「お前とロイのお陰で、マイセル様はゆりかごを編むのに必要な蔓草を集められた。そうなれば、その中で育む核を生み出さなくてはならない。そうだろう?ロイはとても質の良い魔力を持っている。この地で生まれ育っただけはある。マイセル様のゆりかごも、この地で採れた蔓草で編まれたからな」 「……わか、った」  ゆりかごと、相性のいい器を苗床にして核を作る。それがとてもいいことだと言うことぐらい、セドリックも知っている。上位の貴族になれば、それがたとえ異性間の結婚であったとしても、ゆりかごを使うのが当たり前なのだ。 「ここにいたければ…」  テリーはセドリックを呼び止めようとしたけれど、セドリックは背中を向けて歩き出してしまった。  そうしてセドリックが部屋の扉を閉めた頃、テリーはそちらも見ずに口を開いた。 「本当にお前は悪趣味だな」 「失礼ね。聖女として、立ち会ってあげにきたんじゃないの」  シンプルなデザインのワンピースを着たアーシアが、反対側の廊下から姿を表した。 「立会いの人数は間に合っている」 「知ってるわよ。テオドールに断られたもの」  アーシアはしれっと言った後に、テリーの正面に立って、人差し指を突きつけた。 「あの言い方じゃ私の股が緩いみたいじゃないのよ。依頼人の血を飲んで核を作っていたのよ。誤解させないで」  テリーは、目の前のアーシアの手をめんどくさそうに払いのけて、言い返した。 「純潔は散らしているだろうに」 「あら、悪い?だって私、テオドールと思考が似ているのよ」  アーシアはそう言って、テリーに舌を見せると、転移魔法で姿を消した。

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