5 / 8

鱗粉を拭う

 感情を読み取られまいとするかのように、煙草に火をつける彼の口許をぼうと見る。  彼の見た目に合った美しい翅。ゆったりと翅を動かす彼は今、何を思っているのだろう。  ――限界だよな。  蝶の寿命は短い。  成虫でいられる限られた期間に、子孫を残す。それが僕らの役割だ。  オスたちはみな、紫外線が強い日中にメスを探しに出かける。彼と会うのは日が陰りはじめてから、朝日が昇るまでの間だけだ。仲間にこの関係がバレないように、日中は僕もメスを探すふりをして空を羽ばたく。  もうすぐ朝が来る。  窓際に立つ彼のそばまで歩み寄った。 「ついてる」  彼の肩についた僕の欠片を指先で拭う。彼が煙草を灰皿に押しつけた。 「お前もな」  彼の親指が頬を滑る。  何度も味わった温もり。  本当は、朝なんて来てほしくない。子孫を残すことが使命だとしても、僕は彼を……。 「なあ、このまま、どっか消えちまおうか?」  誰にも見つからないうちに、二人で飛んでいこうかと彼が言う。 「あ、あの……」  言葉に詰まった。  僕が頷けば、彼も使命を果たせなくなる。 「ははっ……、できねえよな、お前はさ……」  冗談だ、と言って彼が煙草の箱を掴んだ。  ――冗談なんて、言ったことないじゃん。  仲間には悪いけれど、短い期間しか生きられないなら、僕は彼と一緒にいたい。 「い、行く!」 「っ……、本気?」  彼の手から滑り落ちた箱が床に転がる。 「うん。一緒に行くから、連れてって!」 「んじゃ、さっさと出るか。もう、朝日が昇っちまう」  慌ただしく身なりを整えて、外に出る。 「行くぞ」  翅を羽ばたかせたら、二人分の欠片がキラキラと下に落ちた。 END

ともだちにシェアしよう!