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鱗粉を拭う
感情を読み取られまいとするかのように、煙草に火をつける彼の口許をぼうと見る。
彼の見た目に合った美しい翅。ゆったりと翅を動かす彼は今、何を思っているのだろう。
――限界だよな。
蝶の寿命は短い。
成虫でいられる限られた期間に、子孫を残す。それが僕らの役割だ。
オスたちはみな、紫外線が強い日中にメスを探しに出かける。彼と会うのは日が陰りはじめてから、朝日が昇るまでの間だけだ。仲間にこの関係がバレないように、日中は僕もメスを探すふりをして空を羽ばたく。
もうすぐ朝が来る。
窓際に立つ彼のそばまで歩み寄った。
「ついてる」
彼の肩についた僕の欠片を指先で拭う。彼が煙草を灰皿に押しつけた。
「お前もな」
彼の親指が頬を滑る。
何度も味わった温もり。
本当は、朝なんて来てほしくない。子孫を残すことが使命だとしても、僕は彼を……。
「なあ、このまま、どっか消えちまおうか?」
誰にも見つからないうちに、二人で飛んでいこうかと彼が言う。
「あ、あの……」
言葉に詰まった。
僕が頷けば、彼も使命を果たせなくなる。
「ははっ……、できねえよな、お前はさ……」
冗談だ、と言って彼が煙草の箱を掴んだ。
――冗談なんて、言ったことないじゃん。
仲間には悪いけれど、短い期間しか生きられないなら、僕は彼と一緒にいたい。
「い、行く!」
「っ……、本気?」
彼の手から滑り落ちた箱が床に転がる。
「うん。一緒に行くから、連れてって!」
「んじゃ、さっさと出るか。もう、朝日が昇っちまう」
慌ただしく身なりを整えて、外に出る。
「行くぞ」
翅を羽ばたかせたら、二人分の欠片がキラキラと下に落ちた。
END
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