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1.タシュアプケの秋生②

 それから秋生は部屋に閉じ籠っている。窓からは中東のような街並みが望めた。ちょっと埃っぽくて迷路状に入り組んでいる。魅力的だった異国の街並みも真実を知った後はただの薄汚いスラムだ。部屋の主はマキニヴァ。転移した秋生を発見し、以来部屋に住まわせて衣食の面倒も見てくれている。  会話ができるのが不幸中の幸いだった。なにか不思議な力が自動翻訳してくれている。しかし文字を読むことはできなかった。この世界の学も常識もない、外出もできない。なんにもできない秋生はせめて家事を頑張った。  この世界には電気の代わりに魔力が存在しており生活水準はそこまで悪くない。マキニヴァの家も上下水道、照明、コンロ、冷蔵庫、シャワーといった設備があった。昭和の日本といった感じ。二十一世紀生まれの秋生の適当な感想だ。中東も昭和も映像でしか知らない。なぜか洗濯機や掃除機は存在していない。洗濯は風呂場で手洗いだから二人分となるとなかなかやり甲斐のある仕事になる。埃っぽいので掃除もたいへんだ。  マキニヴァが秋生に性的な要求をしたことはない。何か言いたげな目をすることはあるが、そんなとき秋生は普段と違う空気を敏感に察知して迅速に日常へと軌道修正する。改まった話しをされるのが怖かった。なぜ転移したのかわからない。帰り方は見当もつかない。この世界で生きていくならどうしてもマキニヴァが必要だ。もし彼が保護の見返りとしてセックスを要求したら秋生は従う他ない。断って追い出されでもしたら悲惨な運命が待っている。  秋生は無心になって家事に励んだ。純粋に恩返しの意味もある。マキニヴァは本当にいい奴だ。自分のような得体の知れない人間に親切にしてくれる。納戸だった小部屋を秋生の私室に改装してくれる気の遣いよう。暴漢から助けてくれたのもマキニヴァだ。  タシュアプケでは強い部類に入るマキニヴァは自警団の団長をしている。自警団の仕事は主に犯罪の取り締まりと喧嘩の仲裁。序列をはっきりさせるための喧嘩に違法性はまったくない。それを避けるような男は舐められて最下層の扱いとなる。むしろ推奨された行為だ。ただし行き過ぎた暴力があると自警団の出番となる。  マキニヴァは推定身長二百十センチ。平均より細身だがギリシャ彫刻のような素晴らしい肉体をしている。おまけに顔もいい。彼こそ秋生の頼みの綱、そして絶望だ。こんなにもよくできた男がタシュアプケに住んでいる。この世界はどれだけ厳しいのか。

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