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第5話

夜中だったと思う。 「広瀬、広瀬」という声とともに、強く揺さぶられた。 「ん?」何度目かの呼びかけに意識がもどる。 「広瀬」東城の声だ。小さく、ささやくようだが、あせってもいる。 「なんですか?」目をおさえながら広瀬は聞いた。 「枕元に、なんかいる」と東城がいう。 「は?」広瀬は耳を疑った。 東城はほとんど広瀬の布団にもぐりこんできている。頭を広瀬の肩につけ、顔も布団の中だ。 「なんかいるんだ」とまた言っている。 こんな夜中に冗談がすぎる、と眠い中腹がたってくる。「何をふざけたことを」 「見えないのか?」 広瀬は、目をあげて、枕元をみた。なにもない。さっき東城がほおったタオルだけだ。そのことを告げると、東城は広瀬の浴衣のすそをぎゅっとつかんだ。「その先だ」 首をのばした。 そこで、広瀬自身も固まった。 ぼんやりした、白い影がいるのだ。ゆらゆらと形をなしていない。みづらい映像のようだ。テレビの方をみると、とっくに消えていた。その白い影はときどき形がわかるくらいになり、また、形をなくす。得体の知れなさが怖い。その存在自体に総毛だつものがある。なんとなく黒い髪の女性っぽいことはわかった。目がどこにあるのかはわからないが、こちらをじっと見ていることはなぜかわかる。 「いた?」と東城は布団の中から聞いてくる。 広瀬も、ゆっくりと布団の中に頭まで入る。 「なんですか、あれ」と聞いた。 「俺に聞くなよ」と東城はこたえる。彼は広瀬を抱きしめてくる。手が震えていた。「やっぱ、でたんだよ。思ってた通り」 それを否定することはできない。確かにいるのだ。そこに。 「女性でしたよ」 「いや、そんな説明いらないから」 「どうします?」こういうときはどうするんだろうか。 「え、なんだろう。お経?」 「お経なんて知っています?」 「知らない。お前は?」 「知りません」 こんな意味のない会話をしている間も、特に何もおこらない。害はないのかもしれないと思った。広瀬は、しがみついてくる東城をなだめて、再度布団から顔を出した。 まだ、その影はいる。よく見ると若い女性だ。ワンピースをきている。影は白いが、実際にはワンピースは細かい花模様がついているようだ。 広瀬は、布団から身体を出した。 「おい、なにするんだ」東城は広瀬の意図をしり、とめようとして、布団からでてくる。そして、また、幽霊をみて「わ」と言っている。 広瀬がひざ立ちで移動して近づくと、それは顔をあげた気がした。 白めの部分が青っぽく大きく、黒目には表情がない。唇も、灰色だ。 勇気を出して手を伸ばしてみた。相手は動かない。 そして、ふっと姿を消した。 広瀬は、すぐに立ち上がり電気をつけた。なにもない。見間違いそうなものさえもなかった。 東城は布団の上にあぐらをかいて座っている。顔は真っ青だった。悲鳴をあげなかったのがせめてもという表情だ。彼も幽霊がいたほうをみて、何もいないのを確認している。それから広瀬の腰を抱き、自分にひきよせてきた。 広瀬は、彼の頭をなでて自分の胸につける。「もう、いなくなりましたよ」 そして、「寝ましょう」といい電気を消そうとした。東城はそれをとめた。 仕方ないので電気をつけたままで、横になった。 東城は、広瀬を抱きしめていた。広瀬は東城の好きにさせて、目をとじて寝ることにした。

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