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②勝手知った親友の知らなかった一面
久し振りに上がった部屋は、相変わらず綺麗に片付いている。目に入るあちこちに掃除上手な女の影を探してしまうのに、取り立てて他意はないのだ。
ここに来るといつもそうしていた様に、リビングのソファの右端にもたれる形に床に腰を下ろす。左側でソファに座る雄大との、心地好い距離感がかけるのお気に入りだ。
すぐに酒とウーロン茶とグラスと氷と、チーズやサラミなどの洒落たつまみを盛った皿を運んで来て、雄大は珍しくかけるの様に床に座り込む。そうしてみると意外に近い互いの距離の中、こいつ超機嫌いい、なんてかけるは気が付いて驚いたりしている。
鼻歌混じりに二人分の飲み物を作ったりしてる時点で、それは顕著だ。まさか、俺が悩みを聞く姿勢を顕わにしたせい? などと勘繰りながら、かけるは雄大を見つめている。
出来上がった飲み物をかけるに差し出してきた雄大の強制してくる乾杯、に応えてグラスをぶつけて、かけるは飲み物に口を付ける。
「……んだこれ、濃いな!」
「そうか? 普通だぞ」
にかっとまた普段は見せない笑いのまま、雄大の手がぐしゃぐしゃとかけるの髪を乱暴に乱す。
「褒美だ。惚れ直したぞ、お前」
――酔ってる。最大限に、こいつ酔ってる。近い位置の顔を避ける為に僅かに尻を向こうに動かしつつ、かけるは確信していた。何か違うキャラ入ってる。こんなくだけたこいつは知らない、見た事がない。
まともな話、出来るんだろうか。かけるが懸念するのは、そこだ。まあ、今みたいな感じに悩みをぶちまけても、後にシラフに戻った雄大が覚えていないなりにそれでスッキリしてるなら、俺は今のこの有り様に何も言えやしないけど。
それにしたって……一度もそんな酔い方の片鱗を見た事のない親友が、ぐいーっと大量に注いだ酒に僅かなウーロン茶をしか入れずにそれを一気に呑み干してしまうのに、自分はもう飲まずにいようとグラスを置いたかけるの口元はひきつってしまうのだ。
かけるの残念な目線になど気付きもせずに、呑みきったぞ、みたいに自慢気な顔を向けてくるのも、非常に何とも痛々しい。まだ酒を自分のグラスに注ごうとする親友の手を、思わずかけるは掴んで止めていた。
「もう呑むなって。それより話したい事あんじゃねえの」
グラスをテーブルに置く様に導く事に成功して、重ねていた手をかけるは離そうとした。その手が、驚く程の速さで逆に掴まれ引っ張られた。
なに、と思う間もなかった。近付いた顔がぐいっと迫り、ぶつかる勢いで唇に何かがぶち当たった。
為された事を理解する前に、酒臭さに顔をしかめた。その間にもかけるの唇を塞いだ熱いものは蠢いて……
……キスされてる、とかけるは気付いた。凝視してしまう相手の顔が余りに近過ぎて訳が分からなくて、突然の事に理解が追いつかなかったけれど。
キス、している。貪る様に、噛みつく様に。見慣れた親友が、男の自分に対して。
呼吸すら許さない程の、深いキス。普段冷静に見える相手がするとは思えない、奪う様な、もぎ取る様な勢いの口付け。
「……っ……」
言いたい言葉は塞がれ、まともな声にもならなかった。今頃抵抗を試みようと掴まれていない方の手を挙げ、相手の肩に爪を立てて強く掴む。ふっ、と微かに洩れた息、……笑った――? 唖然とするかけるの僅かな力の緩みに付け入る様に、体重を乗せてきた雄大の体に押される形に、力任せに床に引き倒されていた。
まだ、唇は離れない。抗おうにも唇を這い回る唇と舌は口腔内に入ろうとはせず、いつの間にか頬を押さえる手に固定され、顔も逃がせない。
ちゅくちゅくと、唾液を絡めた激しいキスが繰り返されている。顔だけじゃない、体中を密着させて、雄大はかけるの上に覆い被さっているのだ。
「やめ、ろって……っ」
どうにか言葉をはさんで、叩き付ける拳に力を込める。はあっ、と荒い息と共に、唇を離して親友が間近からかけるを見下ろす。熱に浮かされた、理性をなくした瞳。
見た事のない、欲情に燃えた瞳。
「駈……」
その状態での囁きに、恐怖以外を感じる筈がない。本気で相手を押し退けたくて、かけるはもがく様にのしかかる親友の肩に背中に拳をぶつける。
……なのに、そんなに自分は非力だったんだろうか。再び襲いかかる様に唇を重ねられ、今度は巧みに歯を避けながらに舌を挿し入れられ、口腔内をまさぐられ舌を絡め取られ、固めた拳には力が入らない。駈、と激しいキスの合間に何度も、
……何度も、甘い囁きで親友はかけるの名を繰り返した。
唇を、塞がれ続けている。服を脱がされていく間も、体のあちこちをまさぐられ敏感な反応を示した箇所により執拗に愛撫が加えられる間にも。
嫌だ、と何度も叫んでいる。やめろ、と凄んでも、離せ、と怒鳴ってもいる。けれども、体は抵抗を示すどころかびくびくと腰を跳ねさせて、相手のあらゆる愛撫に感じてしまっている事を隠しも出来ずにいた。
情けなさに、涙が浮かぶ。何故、自分は相手をどかせないのか。感じる嫌悪のままに、力の限りに相手を殴りつけて、怯む位殴りあげて蹴りあげて、体を突き飛ばす位して逃げる事が出来ないのか。何故、噛みちぎる勢いで相手の舌を噛んでやる事すら出来ないのか。
何故……突然、親友は自分にこんな事をしてきたのか。その思いが、信じられないと言う気持ちが、裏切られた様な悲しさが、かけるから抵抗の気力を奪っているのかも知れなかった。何より大事な親友、だから。
「……駈……愛してる……」
今では、繰り返される相手の囁きには、そんな言葉が足されていた。終わらないキスの合間の、切実な感じに重い一言。
あいしてる。それは呪縛の様に、かけるから最後の抗いの意志も奪っていた。低下した思考能力の中。
唇が離れ、長過ぎた蹂躙にひりひりする程の口からようやくいっぱいに空気を吐いて、次いで喘ぐ様に空気を吸い込んだ。今迄の酸素不足を補おうと、続けようとした深呼吸はけれども、その一回きりで止められた。
開かされぐいっと持ち挙げられた自分の足に意識を向けた瞬間。
灼けた鉄の塊にしか思えない何かが、自分の体の中心を深く抉っていた。
「……つっ……!!」
悲鳴も、満足に紡げない。激痛、それを上回る恐怖。触れるその部分が焼ききられてしまうんじゃないかと思う程の熱さ、どこに何がどうなって、自分が何を熱いと感じているのか、痛いと思っているのかも分からない。ただ、絶望を伴う恐怖。
朱に染まる視界の中、雄大の腰が動く。それに呼応する様に痛みが熱さが増し、元凶がどうやら親友にある事の理解は出来た。けれども、そんな考えを吹き飛ばす様に襲いくる激し過ぎる痛みに、かけるは仰け反って叫びを挙げる。
「やっ、嫌ぁっ……!!」
「駈っ……」
相変わらずの囁きが、今は相手も苦しそうな声音で落とされた。
「かけ、る……あぁっ……」
性急な腰遣いに、相手の声も途切れる。ぐっ、ぐっ、と迫る様な激しい相手の動きに、かけるは自分が相手に犯されている事を自覚した。
「い、やあ……っ!!」
絶叫する間にも、穿れた内部の圧迫と痛みは更に増し、結合が深まっていくのをかけるは感じている――気が、狂いそうだった。
いやだいたいあついやめろたのむから、こわいいたいいやだ、いやだ……!!
叫びたいのに、荒々しい律動を伴ってぴったりと胸を合わせてきた相手の体の密着に、体全部を揺さ振りながらきつく腰を打ち付けてくる相手の攻めに、言葉は形にはならずに、突き上げられる動きに沿った喘ぎを洩らした。
「駈……」
もう聞きたくなんてない親友の囁きが、耳に直接吹き込まれる。
「全部俺のものだ、駈……」
赤かった視界が、今は白い。自分が意識を手放しかけている事に気付いたその時、呼び覚ます様に荒い口付けがかけるを襲った。
嵐だ、塞がれる唇にまた呼吸を止められて、かけるは思っている。一時も収まる事のない嵐。
最奥迄の挿入を果たしたのか止まっていた腰が、また動き出していた。僅かなりと苦痛を変換させる役を負っていた喘ぎを封じられて、どうしようも出来なくて、かけるは縋りつく様に相手の腕を掴んでいた。それをどう誤解したのか、相手は瞬時唇を離して、とろりと眇めた目でかけるを見て、心底気持ちのこもった囁きを落とすのだ。
「愛してる、駈……」
――そうして、凌辱は終わらない。
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