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③やっと、あなたを――(伊集院祥太・1)

伊集院祥太の「気になるセンパイ」こと貴崎かけるセンパイは、今日も元気がなかった。それはセンパイと仲の良いはずの「加納センパイ」との接触のなさにも表れていた。  かけるセンパイはいつも元気でにこにこしていて、誰かが仕事でミスをしても叱ったり呆れたりはしない。次に気をつけりゃいいさ、と実にこちらの欲しいタイミングで笑って励ましてくれる。でも蔭で誰かが他の誰かの悪口をいったり、明らかに道理が通らないことや理不尽なことを見たりすると、仏頂面になったりする。分かりやすい優しさと正義感をいやみなく、無意識に振りまいている人だ。  そんな人だから、社内にはファンも多い。みんなが純粋にセンパイとの仕事終わりの居酒屋を狙っているのに、仕事熱心なこの人は大概残業なんかしてたりして、なかなか近いところに落ちてきてはくれないのだった。  会社内でも下の名前で呼ぶ加納センパイとは、同期というだけではなく大学からのつきあいらしい。営業に出ていない時の大抵の昼食は、社員食堂に二人並んでいたりするし、なによりかけるセンパイと加納センパイの間には、相手を信頼しきった空気がにじんでいる。男の友情、みたいに。  抱えていたプロジェクトを解散させられて、凹んでいたのは加納センパイの方だった。裏事情を知らないかけるセンパイは加納センパイを元気づけようと奔走して、ことの次第の説明を伊集院に求めてきて、そこからかけるセンパイは伊集院の射程範囲に入ってきてくれることが多くなったのだ。  加納センパイの言動に一喜一憂して、弱音を吐いたり頬を赤くして上機嫌だったりするかけるセンパイを間近に見続ける内に、伊集院の中でかけるセンパイに対する可愛さが爆発しそうにつのっていった。多分自覚していないだろうけど、かけるセンパイが一心に加納センパイを好いているのが、たまらなく可愛かった。  加納センパイを好きなこの人を、僕はどうやら好きになってしまったらしい、と冷静に伊集院は考えていたりする。  確かつい最近、ずっと断られていた加納センパイをようやく飲みに連れだすのに成功したばかりじゃなかったのか。それなのに、それからのかけるセンパイの表情は暗いのだ。  気になるのは、当然だ。加納センパイと一緒に会社にいても、電話やらなにかしらの用事を理由に昼飯をずらしたりしているように見える。他の誰も違和感を感じなくても、伊集院にはかけるセンパイの行動はわざとそう繕ったものに見えた。 「今日、飲みにいきません?」  だから、誘ってみた。理由なしに誘われることに警戒でもするのか、かけるセンパイは黙って伊集院を見返していた。  今日は加納センパイは外回り中。かけるセンパイが行くのについてきた社員数名と昼食を取った食堂で、煙草組が一服に消えて、かけるセンパイとちょうど二人きりになった。そこで、伊集院は切りだしたのだ。 「今夜、あいてます? まさか残業ですか?」 「いや、残業は……今日はその予定なし」 「なにか他に先約でも?」 「や、それはない」 「じゃあいきましょ」  にこっと笑う伊集院に、かけるセンパイはまだ素直にうんとは頷いてはくれなかった。 「ちょっと僕、相談したいことあるんですよ。鯛茶漬けのうまい店で、ゆっくり話聞いて欲しいなあ」 「……それなら」  後輩からの『相談したいことがある』よりも、『うまい鯛茶漬け』に反応したらしい。なにより大好きなメニューを耳にして、ついにやっと笑みをこぼした可愛いかけるセンパイは、ごまかすようにこほんと一つ咳ばらいをしてみせた。 「承知した。気合い入れて定時で終わるぞ」 「はい」  ……こうも簡単に釣れてしまっていいんだろうか、とはぜいたくな悩みなのか。  いつも飲み会で見て知っていたけど、かけるセンパイは本当に酒に強いのだった。適当に悩んだ風なことを語るフリでかけるセンパイのプライベートを聞きだすつもりでいたのに、浴びるほどに飲んでも全くもってシラフのままなのだ。  なのに、話題を加納センパイのことにもっていった瞬間、あいつの事はしゃべるな、と不機嫌になり、やけ酒をあおるような呑みっぷりを見せて――いきなり飲み崩れた。  ……眠ってしまった、らしい。糸が切れたように。テーブルに伏してしまった顔をそっとこちらに向けて、その目元に涙が光るのに――自分の考えていた疑念が確信であろうことに、伊集院は気づいていた。  抱えるようにして歩かせてもまだ起きないかけるセンパイを連れて、近くのユースレスビジネスホテルにチェックインする。周囲に呑み屋が多い場所がらのせいか、たちの悪い酔っ払い上司を渋々介抱する体の伊集院の芝居は疑われることなく、かえってフロントマンの目には同情が含まれていたくらいだった。  部屋に入り、しわになっては困るスーツの上着とズボンを脱がせて、ワイシャツに下着だけでベッドに寝かせたかけるセンパイを、その顔の近くでベッドに頬杖をつく形に、伊集院は眺めていた。可愛い。愛しい。こんなにも……この人が欲しい。  さらりとした髪を惜し気もなく短く切っているから、形の良い眉毛も、開いていれば印象的な目元もむきだしだ。この人はなにも隠さない。すぐに感情を乗せる顔も、表れるその感情も。  寝顔をただ、伊集院は見つめていた。不意にかけるセンパイが身じろぎして、瞬間頭でも痛んだのか眉根が寄って険しい顔になる。開いた唇から言葉がこぼれる前に、かけるセンパイのまぶたがゆっくりと開いた。  ぼんやりした意識を捕まえようとするのか、いく度か瞬きが繰り返される。その間に、気配に誘われたように顔が伊集院の方に向く。理解がまだ追いつかないらしいことを表すように、伊集院を見返してかけるセンパイは小首を傾げた。  その仕草は余りに予想外に愛らしく、伊集院はつい笑みをもらし、呟いていた。 「おはようございます」 「あっ、おはよ――って、朝?!」  がばっと、勘違いした可愛い人は布団を押しのけ飛び起きる。そうして目に入った自分のむきだしの足を見て。 「あぁ?! 服っ……!!」 「かけてます。しわになるから」 「あ……ああ、さんきゅ。……ってか」  伊集院の示したハンガーにかけられたスーツを見て咄嗟に神妙に答えたかけるセンパイは、次いで伊集院に目線を据えた。 「あのさ。ここ、お前ん家?」  立ち上がりながら、くすっ、とつい笑ってしまった伊集院を、かけるセンパイは今では不審そうに見つめている。かけ時計のないカーテンの引かれた室内、いまだ本当の時間も今のこの状況に至るまでの経過も分からないはずのかけるセンパイに、笑いをくずさないよう努力しながらに伊集院は顔を近づけた。  体を逃がす先、すぐに肩から壁に当たり、かけるセンパイははっと身を硬くした。ベッドの上に乗り上げて自分に近づく伊集院の、笑みの奥の真剣な目に気づいたせいか。  今やかけるセンパイが覚えるのは危機感に他ならないはずだ、ベッドの上、背中を壁にぶつけてそれ以上の逃げ場をなくしたか弱い人は、近づくなと威嚇するがごとくきついにらみで伊集院を見あげている。  だけどそれだけでは毛を逆立てた猫並の威力しかない、ということに、かけるセンパイは永劫に気づかないのだろう。現時点での彼の精一杯なさまはやはり可愛いくて、たまらなく可愛いくて、覆いかぶさるように身を屈めて、伊集院は疑念を確かめるための囁きを落とした。 「加納センパイに、抱かれたんですか?」  嘘をつけない肩が、びくっと跳ねた。何故知ってる、といいた気な開かれた目、思考がそちらに向いて、意識もそちらに持っていかれてしまっている。身を守らねばならないこんな時に、油断にも等しく。  伊集院の近づけた体は、最早かぶさるようにかけるセンパイを圧迫している。この態勢の目的を、伊集院の今からの行動を予測したのか、かけるセンパイは今ごろになって抗うように腕を伸ばした。  本気の力の込められた強い指先で、押しのけるように伊集院の肩をつかむ。力任せにどかそうと後ろに押しながら、かけるセンパイは言葉でも威圧を加えようとしていた。 「どけよ。今なら冗談で済ましてやる」  ここにきてまでまだ、そんな生温いことを口にするのか……こんななかなかの危機的状況にもまだ実感の伴わないらしいかけるセンパイに、くすっとまた笑いがこぼれる。ただどかそうと押すだけの相手の手首を引きはがしつかみ上げて、伊集院は囁いた。 「加納センパイも、あなたのこと可愛くて仕方ないんでしょうね……。あの人もきっと、僕と同じ気持ちのはずだから。でも加納センパイと僕がおかしいんじゃないですよ。そう思わせるあなたの無邪気さが、突出してるんだ」 「なっ……」  強張って見開かれた目の、責めるような色。どこまでも自覚のないかけるセンパイに分からせる意味で、性急な、かみつく様なキスをしてやった。  逃げられないようにもう片方の手首もつかんで、後ろの壁に押しつける。強奪じみたやり方に脅えたようにきつく目を閉じ、耐えるように唇を噛みしめるかけるセンパイの反応に、伊集院は徐々にキスを優しく、ゆっくりしたものに変えてやった。  威嚇はもう成功した、しかも伊集院は元から一方的な、ただ奪う行為を強要したいわけじゃない。できることなら相手のペースに合わせて、相手本位で行為を進めていきたいとさえ考えている。  だから、つかんだ相手の両の手首も離してやった。開口を促すようについばむようなキスを続けながら、伊集院は壁に貼りつくほどに力のこもる背中に手を差しいれ、自分の方に引き寄せようとする。抗いが重さとなってそれを拒もうとするが、丁寧な口づけをくり返す伊集院の執拗さに、相手の意地はもたなかった。  力の抜けたかけるセンパイの体は、抱き寄せる力をこめた伊集院の腕に押され、ぴったりと胸を合わせる形に収まっていた。それでも引き結んだ唇は開こうとせず、相手の強い拒絶に伊集院はくすりと笑いを浮かべる。  長い長いキスを止めて、伊集院は固く閉ざされたかけるセンパイのまぶたの上に口づけて、静かに言葉を落とした。 「ねえ……。好きです。僕は、あなたが好きです。大好きだ、加納センパイと同じように」 「だっ……」  言い返そうと思ってつまった言葉を、かけるセンパイは伊集院の背中に振り落とす腕と共に強く放った。 「だから何でっ、お前何かって言うとあいつの事っ」  わざと答えず、微笑んでやった。間近な伊集院のそんな表情、加納センパイを引き合いにだす意味が本当に分からないのであろう純粋なかけるセンパイは、あらわな戸惑いのままに抵抗の手を止めている。ぐっ、とわずかに体重を乗せて押してやるだけで、無防備な体は伊集院にのしかかられた形にベッドに引き倒せてしまった。  今更なにか叫んで固めた拳をぶつけてきても、もう遅いのだ。体を動かすわずかな隙間もふさぐくらいに体を密着させて、伊集院はあくまでも柔らかな笑みでかけるセンパイを見下ろしている。  それを余裕の表れととらえるのか、かけるセンパイの目には絶望に打ちひしがれたような色が濃く現れる。好きな相手を余り怖がらせたくはない伊集院としては、相手を征服するような、支配するようなやり方での行為は不本意なものだ。だから、安心させるようにまず相手に言ってあげたいのだ。 「大丈夫。ゆっくり、優しくしてあげます。僕はあなたが好きなんです。あなたを傷つけたいわけじゃない。あなたには愛情をもって接したいんです」 「何を、偽善を……!」  かぶせるように、なじる口調でかけるセンパイが低く言い捨てた。そんな反発は当然だ、だけど今それを理解させようと解くことは正反対にしか響かない。なだめようとすることこそが相手を逆なでする。  態度に表せばいいのだ。どんなに自分が相手を好きなのかを。自分がただ相手を好きなだけであることを。  想いを込めて、伊集院は愛しい人に口づけた。優しく、丁寧に。何度も、何度も。  意固地なかけるセンパイが、それに応えてくることはなかったけれど。  必死に、声を抑えている。時間をかけて長いこと耳朶をねぶり、首筋に唇を這わせては何度も吸い上げ、指で手の平で唇で舌で歯で、ありとあらゆる愛撫で胸の可愛い小さな尖りをいたぶる。  声を抑えた分体が浮き上がり、腰が跳ねるのに、うぶなこの人は気づかないらしい。滑らかな吸いつくような肌に溺れながら、伊集院は笑う。感じやすい体はどこもかしこも過敏だ、伊集院の握り込んだ手の中、かけるセンパイの正直な雄は、もう始めから硬く立ち上がったままだ。  わざと、きゅっと力をいれて手をすぼめてやる。息を呑んで耐える、色っぽい顔……薄く開いた唇に、伊集院は唇を押し当てた。慌てて閉じられたそれを、味わうようになぞる。  攻略には、時間をかけたいタイプだ。執着の強さが、自分の売りだ。逃げる唇は無理に開かせない、諦めに力が抜けるまで攻め続けるだけだ。  ……可愛い。この感度の良さは天性のものなのか、それとも加納センパイに開花させられたものなのか。そう考えると、伊集院の興奮は増してしまう。  握ったかけるセンパイの熱い昂ぶりを、しごくようにゆっくり上下に擦ってやる。まだ中心は柔らかい、それが自分の手の中で最高潮に屹立し、震えながら精を放つ瞬間を想像して、自身の硬くなる雄に走る疼きに、伊集院の背中にぞくぞくとした快感が走り抜ける。  必死で声を我慢するにも限界がきたのか、執拗な伊集院の愛撫に、とうとうかけるセンパイは泣き声じみた弱い声を放った。 「も、やっ……」  普段どちらかというと口が悪いかけるセンパイが、初めての甘い顔どおりに甘い声をこぼしている。それはたまらなく伊集院をそそり、いたたまれない感じに悶える体や更に切なさを増す声の響きに、唐突に伊集院の抑制は外されてしまった。  開かせ持ち上げた足の間、潤す目的で、伊集院は自分がとろりとこぼす先走りをかけるセンパイの後孔に塗りつけるようにのばした。今からなされることに明確に気づいたかけるセンパイが、全力で足を閉じよう、逃れようと暴れにかかる。そんな役に立たない抵抗すら可愛くしかない、乱暴にはならないようにかけるセンパイを抑えこんで、狭いそこに伊集院はたぎる欲望を突きいれた。  ……狭いし、きつい。何かちゃんとクリームなどで潤してやれば良かった。いれる自分もきついが、受ける側のかけるセンパイのあまりにつらそうな顔に、伊集院は後悔していた。  だけど――初めてではないはずだ。加納センパイにも同じことをされているはず、だ。一度か二度か、それは分からないけど。  体は、慣れないのだろうか。拒むように内径の形を変えない狭過ぎるそこを押し開くようにモノを進めて、伊集院はついそう考えてしまっていた。かわいそうに、加納センパイの形にでも開いてしまっていれば、僕が新たに苦痛を与えながら開かせることにはならないのに。  痛くしたいわけじゃないのだ。できるならば伊集院の感じる気持ちの良さを、相手も少しでも感じられればいいのに――そう、知らなければきっと初めてだと信じるほどのそこに自分のモノを埋めていく内に、恐ろしく未知の快感が伊集院にもたらされていた。  きゅっと狭まる内壁の動きはない。だけど内部は熱く、狭さがまるで包む様にモノを圧迫し、それは極上に気持ちが良かった。  拡がらないそこは強引にねじこむように、腰を叩きつけ押しこむようにしないとモノは入っていかない。未踏の場所を自分がひらいていると言う感覚、自分が相手を犯していることの自覚……男ならではの征服欲、なのか。対等でいたいと願う伊集院だが、その考えが実際の体の感じる気持ち良さに輪をかけているのは事実なのだった。  荒々しいだけの挿入にならないように、相手の反応を見ながらできる限りにゆっくりと、伊集院は結合を深めているつもりだった。それでも、かけるセンパイの顔は苦痛にか盛大に苦しそうだった。  何とか根元まで自分のモノを呑み込ませて、動かしたくなる衝動を抑え、伊集院はしばしつながった感触を楽しむことにした。  痛みを和らげてやれればと、かけるセンパイの額にきつく寄った眉根に固く閉じた瞼に鼻の頭に頬に、小さなキスを繰り返す。涙のにじんだ目元に長めのキスを落とすと、ゆるりとその目が開かれた。潤んだ瞳から、濡れた睫毛が弾いた涙の粒がすっと流れて、それは見とれるくらいに美しかった。  唇をふさぐ。重ねる唇に夢中になって、静かに腰を動かし始めていた。熱い内部からわずかに抜き出したたぎるモノを、また拒むそこに突き立てる勢いで挿しいれる。感じる肉の抵抗が嗜虐をあおり、ひどいことをしたくはないのに、と戒めとがめる気持ちとは裏腹に、動かす腰遣いには考慮ができなくなっていた。  極上の快感の中、加納センパイもこれを味わったのか、と伊集院は思う――このとろけるような気持ちの良さに、あの人も溺れたんだろうな……  考えると、聞きたくてたまらなかった。激しく動かしていた腰をいさめて、伊集院はかけるセンパイの耳元に言葉を囁きいれた。 「加納センパイには、どんな風に抱かれたんですか……?」  意地悪な気持ちではなく、純粋な興味から伊集院はたずねているのだ。突き上げられる動きにまだ翻弄されて、相手にその近い位置からの問いが届いていないと気づいて、伊集院はぴたりと腰遣いを止めた。やがて上がっていた息が徐々に静まり、かけるセンパイのうなされたような顔の中、焦点の合わない目が開いた。  相手の視界に自分が映るように、伊集院は片手をかけるセンパイの頬に滑らせる。はあっ、と息をこぼして、潤んだ目が伊集院を見上げてくる。もう一度同じ質問を、真正面からかけるセンパイにぶつけていた。 「加納センパイには、どんな風に抱かれたんですか?」  逃げようとしたのか、腰を引こうとして――つながったままの箇所に自分から刺激を走らせて、かけるセンパイがああっ、と喘いだ。そんな刺激は内壁をきつく締めつける形に、伊集院にもダイレクトに伝わってしまった。んっ、とこちらも思わぬ快感に声をこぼして、耐えきれずゆっくりと腰を動かす。  緩やかな律動に、そう意識は飛んでいないはずだ。当初の問いを、伊集院はまた口に乗せた。 「答えて。加納センパイに、どんな風に抱かれたんですか……?」  されている行為、ぶつけられた質問、どちらにも共通して嫌悪をしか感じないのか、かけるセンパイの顔が心底嫌そうにゆがんだ。また閉じられていた目が開いて、その焦点が結ばれる、瞬時に最大限に憎悪を乗せたにらみが伊集院を射った。  口は開かない。非難も呪詛も、どんな罵吏雑言もその唇からはこぼれない。噛みしめた唇。強い意志を示す、耐える体。  ――今は、愛しさに勝てなかった。つながったかけるセンパイの熱く甘い体、抗おうにもどうにもできずに、せめて殺意をあらわに相手をにらむしかできない可愛い姿に、もう限界まで突き抜けたはずの欲望が更に頂上を知らしめてきて、そんな自分を伊集院はもう抑えることができない、と感じていた。  離れていた体を近づけ、密着を深くする。自然と結合も深くなり、かけるセンパイのこらえたつらそうな喘ぎが耳を打つ。  もう、理性は自分からは失せていた。大好きな人との交わりをいかに長く、強く続けていられるか、それだけしか伊集院の頭にはなかった。  合わせておいた目覚ましの音楽が携帯から流れ、伊集院は目を覚ました。眠りに落ちる前に腕の中に閉じ込めたはずの相手が、背中を向けてはいるものの自分の腕の先に頭を乗せているのに、伊集院は微笑んだ。  言葉で起こすよりもと、むき出しの肩に手をかけた。ぐいっと自分の方に引くように力を込めて、相手の体をこちらに向かせようとする。腕枕にされた左手は動かせないが、華奢な骨格の相手は片手でも難なく仰向けを経てこちらに向かせることに成功した。  伊集院が呼びかける前に、ぐずる様なしかめた顔をしてみせてからかけるセンパイは目を開いた。焦点の合わない視線は伊集院の胸元、怠そうな半眼が上がって伊集院の顔をいき過ぎ、はっとしたような意識の覚醒と共に伊集院の目に視点が当てられた。  と同時に、伊集院を突き飛ばすようにして体を遠去け、かけるセンパイはがばっと起き上がった。自分が完全な裸なのにすぐにうろたえて、ベッドから落ちかけた毛布をひっつかんで下半身を隠し、ゆっくりと身を起こす伊集院をにらみつけている。 「先に出ますか、それとも後で?」  いきなりの伊集院の質問に、かけるセンパイは険しい顔を更にきつくした。 「ああ?!」 「いえ、ここを出るのが。別にラブホテルでもないし、二人そろってチェックアウトしたって何の違和感もないんですけどね」  ラブホテル、というのにかけるセンパイは反応したらしい。にらむ目に殺意がこもった。 「……俺は、お前と並んでなんか歩きたくもない」  嫌悪に満ちた声。完全に嫌われたな、と伊集院は苦笑する。当然だけど。  起き上がり、衣服を身につける。一旦自宅に戻りシャワーを浴びても間に合う時間だ。ベッドの上、うつむいたかけるセンパイが気にはなるが、なにかと世話を焼くような声かけは余計に怒りを買うだろう。  部屋を出る前に、一つだけ真剣な言葉を伊集院は残した。 「僕があなたにこんなことしたのは、あなたのこと本気で好きだからです。僕だけじゃなくて、多分……加納センパイも、です」  ――何の反応も返されるはずがないことは、分かりきっていた。

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