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第6話 お忍びデート1

「さすが、ライリー様です! 私たちの気持ちを代弁していただいて、ありがとうございます!」  セオが赤薔薇宮を再び去った後。  宮女たちは次々にライリーを称賛する声を上げた。宮女たちもみな、サンドイッチを払い落とされた件で、怒りとともに複雑な思いを抱いていたようだ。 「陛下に物申す姿、勇ましかったですよ、ライリー様」 「ええ! もう私、一生ついていきます!」  宮女たちに囲まれて、ライリーはたじろいだ。ただ、思ったことを口にしただけなのに、ここまで反響があるとは。  とはいえ、ライリー個人だけを疑われていたのなら、腹立たしくも何も物申さなかっただろう。ライリーが我慢ならなかったのは、純粋にセオを敬う宮女たちの忠義心まで疑われたことに対してなのだから。 「私からも、お礼を言わせて下さい。ライリー様」  そう口にしたのは、穏やかな表情を浮かべたトマスだ。その目には嬉々とした色がある。セオが自分たち以外の者が作る食事を食べたことを、喜ばしく思っているのだろう。 「まさか、セオ陛下があのサンドイッチを口にされるとは思いませんでした。ライリー様たちの思いは、きっとセオ陛下のお胸に届いたことでしょう。本当にありがとうございます」 「い、いえ。私はただ、王婿としての役目を果たしたいと考えているだけですから……」  セオにとって身も心も安らげる場所でありたい、というのは、別にライリーの思いではなく、宮女たちがそう思っているだろうと考えて言った言葉であるし。話の流れで、さも自分もそう思っているように伝えてしまったが。 (ちょっと出しゃばりすぎたかな……ま、まぁ、でも過ぎたことは仕方ないか)  生みの父に毒を盛られたという心の傷は、あとはエザラに癒してもらうとしよう。それでエザラに世継ぎを産んでもらうのだ。というか、もしかしたらBL小説でもそういう裏設定なのかもしれないし。  ともかく、すっかり忘れていたが朝食を食べよう。  ライリーはトマスや宮女たちとともに、改めて食堂へ向かった。  その翌朝のことだ。  今日も家庭菜園に水やりをしていたら、なんとセオがやってきた。側近騎士と思わしき男性を後ろに控えさせて。 「お、おはようございます。セオ陛下」  別に喧嘩別れしたわけではないものの、なんとなく作り笑顔がぎこちなくなってしまう。昨日のことが、出過ぎた物言いだったような気がして。  だが、セオに昨日のことを気にした様子はなかった。 「おはよう。それがお前の育てている家庭菜園か。変わった趣味をしているな」 「あ、えっと……後宮に黙って引きこもっているのも、体に悪いですから」  本当はもっと色々なところへ出かけたいのだが、王婿の身でそうほいほいと外界には出られない。国王以外の子を孕んでしまったら、大問題だからだ。  ライリーの返答に、セオは僅かに考え込むそぶりを見せた。 「……では、一緒に下町に出かけるか?」 「え?」  思いもしなかった言葉に、ライリーは目を瞬かせる。  下町に外出。セオと一緒に。  別にセオはいなくても構わないが、それは置いておいて。下町に出かけられるというのは、素直に喜ばしいことだ。なにせ、もう三ヶ月以上、外界に出ていない。 「いいんですか?」 「たまの息抜きも必要だろう。今日の午前中は政務を休むつもりだったし、構わない」 「あ、ありがとうございます!」  なんだ、気の利くところもあるじゃないか。  やや上から目線でそんなことを思いつつ、家庭菜園に水やりを終えたライリーはジョウロを棚に戻して、セオとともに赤薔薇宮内に戻った。  食堂に行くと朝食はもうできあがっており、ライリーは席に着く。すると、セオもさも当たり前のようにライリーの向かい側の席に座った。 (え? 一緒に食べるのか?)  用意された朝食のボリュームなら、食べる者が一人増えたところで問題はないが……昨日の今日で、人間不信な面を克服できたというのだろうか。  おそらく、戸惑った顔をしていたのだろう。セオは「ほんの少し、いただくだけだ」と説明した。 (……そうだよな。いきなり、普通に食えるようになるわけないよな)  だが、少しでも口をつけようという気持ちになれたのは、トマスからしたら感激ものかもしれない。実際、斜め後ろにいるトマスを見ると、感極まったような目をしている。  食事を運ぶ宮女たちは目を丸くしていたが、それでもその表情はどことなく嬉しげだった。  なんだか、いい雰囲気だ。昨日、セオに物申したことは間違いではなかったのかもしれない。  穏やかに流れる時間の中で、ライリーとセオはそれぞれ好きな量の朝食をいただいて。一旦、自室に戻ったライリーは動きやすい貴族服に着替え、セオが待つ広間に向かった。 「お待たせしました。セオ陛下」 「いや。では、行こうか」  セオもいつもの国王衣装ではなく貴族服なので、国王夫夫としてではなくお忍びの外出だ。といっても、護衛は必要なので、ハリスンという名のセオの側近騎士と、ライリーの護衛である赤薔薇騎士団長のダレルも連れて、ライリーたちは下町に下りた。  鋭角の屋根をいただくカラフルな家々。石畳で舗装された道。遠くには大きな時計塔も見える。さすがは華の王都というべきか。  また、午前中であっても、道は人でごった返していた。気を抜いたら、人の波に流されてしまいそうなほどに。 「手を寄越せ」 「え?」 「はぐれては困る。手を繋ごう」  ライリーが返答するよりも先に、セオに手を握られた。  うげっ、と思う。なんてことだ。セオと手を繋ぐ羽目になってしまった。  内心では嫌だと思いつつも、まさか国王の手を振り払うことはできず。黙って受け入れるしかなかった。そうでなくても、善意を無下にはできない。 「あ、ありがとうございます……」  か細い声でお礼を伝える。セオは「いや」と抑揚に欠けた声で返した。  力強い手に引かれながら、王都の街を歩く。大通りにはずらりと露店が並び、人々で賑わっている。取り扱っているのは珍しい食品であったり、美しい装飾品であったり、様々だ。 「どこか見たい店はあるか?」  セオから問われて、ライリーは考え込む。そういえば、外界に出られること自体が嬉しかったので、肝心のどこに出かけるかを全く考えていなかった。

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