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第7話 お忍びデート2

 悩んでいると、ふと子供服のお店が視界に入って、ライリーははっとする。 (これだ!)  発情期がこないだけで、きちんと世継ぎは産みたいんです、という嘘アピールするのに打ってつけだ。欠陥オメガを偽装しているからくりのカモフラージュにもなる。 「あ、あのお店が見たいです!」  指を差すと、その先を見たセオは不思議そうな顔をした。 「ん? 子供服店だぞ。私たちにまだ子供は……」 「今から下見をしておいて、損することはありません!」  行きましょう、とセオの手をぐいぐいと引っ張って、ライリーは子供服店に入る。  カラン、コロンと、来客を告げる鈴の音が鳴り響いた。「いらっしゃいませ」と奥から店員の声が聞こえてくる。 「えーっと、ベビーグッズは……あ。あっちです」  お店の窓際に、ベビーグッズのコーナーがあった。赤ん坊用の衣服だけでなく、涎掛けだとか、おしゃぶりだとか、こまごまとしたベビーグッズも棚に置かれている。 (フィンリーの赤ん坊の頃を思い出すなぁ)  五つも年下なので、フィンリーが赤ん坊の頃の記憶もライリーにはある。弟ができて子供ながら喜ばしく思い、ライリーなりに可愛がっていたものだ。  懐かしく思いながらベビーグッズを眺めるライリーの横顔を、セオは僅かに表情を緩めて見つめた。 「子供が好きなのか」 「はい。早くお子を授かりたいと思っています」  いや、可愛いのは弟のフィンリーであって子供好きというわけではないし、セオの子供を産むつもりもないのだが、それを言ったら計画がおじゃんだ。  そしてこのお店に入った意味もない。ここおは、子供を産みたい嘘アピールをしなければ。 「そうか。……ならば、善処しよう」  小さい呟きに、ライリーは内心首を傾げる。善処ってなんだ。発情期がきたら抱く……という意味なら、前々から決めていたことだろうから、腑に落ちない。 (ま、でも表向きは発情期がこないからな、俺)  何も心配することはない。セオと子作りする展開にはなることはないはずだ。 「下町に連れ出していただいて、ありがとうございました」  昼前には後宮に戻ったライリーたち。  赤薔薇宮まで送り届けてもらい、お礼を述べるとセオは「いや」と短く返した。 「また出かけたくなったら、言ってくれ。一緒に行こう」 「はい。セオ陛下はこれからご公務ですよね。あまりご無理をせずに」  セオは、ふっと表情を和らげた。 「無理をせずに、か。頑張れ、ではないのだな」 「え? え、ええ」  放っておいても、徹夜して政務をする男だ。頑張っているのは分かる。ならば、頑張って下さいと言うよりも、無理をしないようにと言った方がいいと思ったのだが、何か変な選択だっただろうか。  不思議そうに首を傾げるライリーを、セオは優しげな目で見てから身を翻した。 「ありがとう。では、王城に戻る」 「いってらっしゃいませ」  立ち去っていくセオとハリスンを見送っていると、赤薔薇騎士団長のダレルが隣に立った。 「いやはや、楽しそうでしたな。陛下は」  それには、ライリーはきょとんとした。……楽しそうだった? (あの鉄仮面から楽しそうな様子は感じなかったけど……)  ライリーは、屈強な体をしたダレルを見上げた。  年はトマスよりも少し年下だが、そういえばダレルもまた、セオが育った白薔薇宮の護衛騎士だったという話。セオが赤ん坊だった頃からその成長を見守ってきたのだろうから、セオの機嫌の機微には鋭いのかもしれない。 「楽しそう……だったんですか?」 「ええ。久しぶりにあんな楽しそうな顔を見ました」  そうなのか。ライリーには、至っていつも通りの無表情顔にしか見えていなかったが。  何が楽しかったのかよく分からないものの、退屈だったと思われるよりは気分がいい。セオにとっても息抜きになったのなら、まぁいいことだ。  その後、ダレルと少し雑談を交わしてから、ライリーは赤薔薇宮内に帰った。下町でセオに買ってもらった、家庭菜園で育てる野菜の種たちを腕に抱えて。 「お帰りなさいませ。ライリー様」  いち早く出迎えてくれたのは、トマスだ。 「いかがでしたか。セオ陛下との外出は」 「何事もなく息抜きできました。セオ陛下は……楽しそうだった、とダレルさんが言っていましたね。あ、それよりも。家庭菜園で育てる野菜の種を買ってもらいましたよ」  野菜の種が入った袋たちを見せると、トマスは目を丸くしつつ、「これは、これは。秋がくるのが待ち遠しいですね」と朗らかに笑った。  出迎えに集まってきた宮女たちも、「まあ、こんなにたくさん」と驚きつつも、「楽しみですわね」と優しく笑う。  みなと笑い合いながら、のほほんとした赤薔薇宮でライリーは午後を過ごした。そして夕食を終え、自室に引っ込んだライリーがそろそろ寝ようかと思った頃。  コンコン、と扉をノックする音が響いた。 「あ、はい。どうぞ」  てっきり、トマスかと思ったが、違った。顔を出したのは、なんとセオだった。  ライリーは慌てて寝台から立ち上がって、跪拝の礼をとる。もう寝間着姿になってしまっているが、仕方ない。 「夜遅い時間にすまない」 「い、いえ。それは構いませんが……いかがされました」  一体なんの用だろう。心当たりがさっぱりない。  不思議に思うライリーの前までやってきたセオが「立ってくれ」と言うので、ライリーはその言葉に従う。さらに寝台に上がるように指示され、ますます意味が分からなかった。  とりあえず命じられるまま、寝台に膝をつくと。 「わっ」  視界に映る天井が遠のいて、ぽふっと枕が頭部を包み込んだ。  ――つまり、セオに押し倒されたのだ。 「セ、セオ陛下?」  頭上にある秀麗な顔を、ライリーは戸惑った目で見上げる。  どうしてセオに押し倒されているのだろう。ライリーは別に発情期がきた設定にしたわけではない。それなのに、なぜ子作りする展開になっているのだ。 「子供がほしいと言っていただろう」 「そ、それはそうですが……私は今、発情期ではありません。その、行為をしても子供はできませんよ……?」  今、子作りしても、それは無意味な性行為だ。  なんとか体の上からどいてもらおうと訴えたが、セオは引かない。 「試してみなければ分からない。お前はヒートがないだけの特殊なオメガなのかもしれない」 「と、特殊なオメガ?」  変異オメガ、欠陥オメガときて、特殊オメガ。まるで三種の神器のようだ。

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