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第9話 初夜2
(食われた……)
ぼぅと焦点の定まらぬ目で天井を見上げる。
肩で息をするライリーを、一方のセオは優しく抱き締めた。
「ライリー。愛している」
耳元で囁かれる甘い睦言。
額に口づけを落とされて、ライリーは固まる。……え、今なんと言った?
(愛してるって……は?)
情事の流れの戯言……を言うようなキャラとも思えない。声音も真剣なものだと感じる。ということは、本気でライリーに好意を持ったというのか。
(な、なんで? 俺のどこに惚れたんだよ)
ただただ、困惑するしかない。惚れられるようなことをした覚えはないのだが。外見だってこの通り平凡であるし。
「あ、あの。恐れながら、私のどこを気に入られたのでしょう」
上体を起こしてずるりと男根を引き抜くセオに、おずおずと訊ねると。
「セオでいい」
「え?」
「セオと呼んでくれ。敬語も使う必要はない」
「え、えっと……」
敬称も敬語も使わなくていいだと。本当の本当にライリーに好意を抱いているらしい。
一瞬躊躇したものの、自ら呼ばせておいて不敬罪にはすまいと、ライリーは口調を変えて問い直した。
「セオ。俺のどこを好きになったんだ」
今度は、きちんと答えを聞かせてほしい。
そんな戸惑いと切実な気持ちが伝わったのかは分からないが、セオは真っ直ぐライリーの目を見つめた。
「すべてだ。お前のすべてを愛おしく思う」
「す、すべて?」
――お前が俺の何を知ってるって言うんだよ。
という突っ込みはなんとか飲み込んで、言葉の続きを待つ。が、セオはそれ以上何も言うことはなかった。乱れた衣服を整えて、寝台から下りていく。
「初夜くらい一緒に眠りたかったが、政務がある。悪いが、王城に戻る」
「え、あ……」
外まで見送るべきかと思ったが、全裸だ。慌てて寝間着を着ようとしたが、それよりも早くセオはつかつかと部屋を出て行ってしまった。
ぱたん、と閉まる扉。
一人寝台に残されたライリーは、困惑した顔で扉を見つめるほかなかった。
◆◆◆
「おっ。終わりましたか。お帰りなさいませ」
赤薔薇宮を出てすぐ、ハリスンがそう声をかけてきた。その端正な顔は、けれどにやにやとしていて崩れている。
「ライリー殿下は、さぞ驚かれたことでしょうね」
「最初はな。だが、受け入れてくれた」
セオの腕に抱かれるライリーは、かたときも目を離せないほど可愛かった。重ね合わせた肌の温もりも、まだセオの身体に残っている。
これまで王族として性教育指導は受けてきたが……誰かと肌を合わせることが、こんなにも至福なものだと感じたのは、ライリーが初めてだ。
きっと、満ち足りた表情をしていたのだろう。ハリスンは、「拒否されなくてよかったですねぇ」とからかうように笑った。
「ライリー殿下にすっかりご執心じゃないですか。理由を聞かせていただいても?」
ライリーに好意を抱いた理由。
そういえば、ライリーからも戸惑った顔で同じ質問をされたことを思い出す。まともに関わり合ったのはここ数日という短期間だ。傍目から見て、理解できないのも無理はない。
セオとて、自身の心境の変わりように驚いているのだから。
(どこを好きになった、か)
どこを、と問われると、ピンポイントでは答えにくい。セオがライリーを好ましく思っているのは、本当にライリーという人柄すべてなのだ。ライリーという存在を愛おしく思う。
惚れた理由を強いてつけろというのなら、やはりサンドイッチの一件だ。あの一件は、セオのこれまでの考えや物の見方を変えた。
『あなたが身も心も安らげるような場所でありたい』
とどめにあんな温かい言葉をもらっては、好意を持つなという方が無理な話だろう。
――ということを、わざわざハリスンに語るつもりはない。セオは「さてな」と話をはぐらかし、さっさと王城への道を歩いた。
小高い丘にそびえ立つ荘厳なゼフィリア王城。その執務室に戻ると、側近政務官のレイフが書類を腕に抱えてセオを待っていた。
「お帰りなさいませ、陛下」
にこやかに出迎えたレイフは、ハリスンと同年代の男性だ。顔立ち自体はセオと同じく怜悧な容貌なのだが、愛想のよさがそれを感じさせない。そして、貴族ではなく平民出身である。
「ああ。待たせた」
セオは文机に腰かけた。すると、レイフは後宮に行ったことには一切触れずに、早速政務の話を切り出した。
「例の件ですが」
目の前に、ずらりと書類を並べられる。書類には、ゼフィリア王国に住まうオメガの貴族令息たちについてまとめられている。
ハリスンも関心があるのか、後ろから覗き込んできた。
「へぇ、候補者がこんなにいるんだ」
口を挟むハリスンを、けれどレイフは冷たくスルーした。基本的に愛想のいいレイフであるが、ハリスンとは一方的に折り合いが悪い。生真面目な性格ゆえに、ハリスンの遊び人気質なところを好かないのだという。
と分かっていつつも、セオもセオでフォローは別に入れない。
「誰を入れたらいいのか、迷うな。レイフ、お前からの推薦はあるのか」
「私はこれといって推薦したい者はおりませんが……強いて申し上げるのなら、この方がよろしいかと」
レイフが指差したのは、ライリーより一つ年上――つまり、セオと同い年の青年だった。貴族学校での同級生だ。
「イーデンか。まぁ、確かに細やかなことに気付く男だったな」
「ええ。人当たりもよろしい方のようですし、適任ではないでしょうか」
セオたちが真面目に話しているというのに、ハリスンは「あ、その子、可愛いよね」と心底どうでもいい情報を運んできた。
レイフは鬱陶しげにハリスンを睨みつける。
「あんたは黙ってろ」
「えー、なんで? 仲間に入れてよ」
わざとらしく悲しげな声を出すハリスン。セオからは見えないが、表情も悲しげなものを作っているに違いない。
不真面目というのか、遊び心があるというのか。とにかく、掴みどころのないハリスンの振る舞いは、レイフの癇に障るようだ。
「知ってるか? あんたみたいな奴のことを、平民は『ウザイ』って言うんだよ」
「あー、知ってる、知ってる。言葉を略すのが流行りなんだよね。だから俺も流行りを取り入れて、レイちゃんって呼ぶことにする」
レイフの額に青筋が浮かんだ。頬肉をぴくぴくと引き攣らせ、バァン! と文机を叩く。
「もう海に沈め! それで二度と地上に上がってくるな!」
……曲がりなりにも国王の文机なのだが。
政務とは無関係な言い合いを始めた側近たちに、セオはため息をつくしかなかった。
◆◆◆
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