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第10話 新たな侍従1
翌日。赤薔薇宮の広間で食後の紅茶を飲むライリーは、居心地の悪さを感じていた。
(みんなの視線が痛い……)
起床してからというもの、トマスや宮女たちの嬉々とした視線が突き刺さっていたたまれない。どう考えても、昨夜セオと初夜を迎えたことがバレている。
最中の声が聞かれたわけではないとは思うが……致したことがバレているこの状況、消えたいくらいに恥ずかしい。
『すべてだ。お前のすべてを愛おしく思う』
一体、セオにどんな心境の変化があったのだというのだろう。まともに関わり合ったのなんて、ここ数日間だというのに。
(絶対にまたくるよな……)
昨夜一回だけで終わるとは思えない。特殊オメガかもしれないという理屈を展開していた以上は、最悪ほとんど毎日通ってくるのでは。そう考えると、気が重いったらない。
幸い、あと三ヶ月ほどは発情期がこないので、それまでは抱かれても子供を身ごもる心配はないが……それから先はどうしよう。三ヶ月経ったら、セオが心変わりして性行為をしなくなるなんて都合のいいことはないだろうし。
つらつらと考えていると、トマスがやってきた。
「ライリー様。少しお時間よろしいでしょうか」
声をかけられて、ライリーははっと現実に引き戻される。笑みを取り繕い、「はい、なんでしょう」と努めて平静に返した。
次にトマスが口にしたのは、思ってもみないことだった。
「え!? 侍従をやめる!?」
「はい。今月末には後宮を去る予定です。お話しするのが遅くなってしまい、申し訳ありません」
「い、いえ、それは構いませんけど……」
なんてことだ。この三ヶ月で、すっかり打ち解けていたというのに。やめてしまうのか。
「あの、私が何か不快な思いをさせていましたか……?」
やめる原因が自分にあるのかと不安になって、こわごわと問うと。トマスはすぐさま「それは違いますよ」と慌てたように否定した。
「元々ライリー様が後宮入りする前に、セオ陛下からそろそろ退職してゆっくりと余生を過ごすよう、お気遣いの言葉をいただいていたのです。ただ、セオ陛下の政務が忙しく、ライリー様付きの正式な侍従が決まらずにいたものですから、私がつなぎでお仕えしていただけなのですよ。ライリー様に非があるだなんてとんでもありません。毎日楽しくお仕えさせていただいております」
なるほど。そういう事情なのか。ライリーが原因ではないようでほっとした。
納得してから、ライリーは寂しげな顔を作る。実際、寂しいけれど。
「そういうことでしたら、残念ですが仕方ありませんね……。これまでよく私に仕えてくれました。どうか、穏やかな余生をお過ごし下さい」
「ありがとうございます。短い間でしたが、お世話になりました。残りの半月、よろしくお願いします」
トマスは深々と頭を下げる。
せっかく、仲良くなれたのに別れるのは寂しいが……確かにトマスはもう四十代後半。平均寿命が六十歳ほどの今世界では、そろそろ勇退すべき年齢だろう。
ここは快く送り出してあげねば。
「こちらこそ、よろしくお願いします。それからあの、トマスさんがやめるということは、私の新しい侍従が決まったということですか」
「ええ、そのようです。気になるようでしたら、どうぞセオ陛下からお聞き下さい。私も詳しくは存じ上げませんので」
「あ……は、はい」
「では、一人の時間をお邪魔して申し訳ありませんでした。失礼します」
きびきびとした足取りで、トマスは広間を後にする。
ライリーはソファーの背もたれにもたれかかった。
(新しい侍従か……どんな人なんだろ)
また年を召された人材を登用するとは思えないので、若い子だろう。ライリーと同年代のオメガの青年かもしれない。
(仲良くなれたらいいな)
そしてその日の夜。
やはりというべきか、セオが赤薔薇宮にまた顔を出した。
「ライリー。今日はどう過ごしていた」
出迎えに行くと、セオはライリーを抱き締めながら問う。
トマスや宮女たちが見ている前でのスキンシップだ。ライリーは顔から火が吹き出そうだった。
離せ、と突き飛ばしたい衝動にかられたが、できるはずもない。ぐっと堪える。
「あ、えっと、家庭菜園とか読書とか、してたよ」
「そうか。夕食は食べたか」
「う、うん」
「それなら、部屋に行こう」
性行為コース確定。
最悪だと内心嘆きながら、ライリーはセオに手を引かれて自室へ行った。天蓋付きの寝台に隣り合って座る。
すぐにベッドインかと思いきや、その前にセオはトマスの件について触れた。
「トマスから聞いたかと思うが。新しいライリー付きの侍従が決まった。来月にはここにくるから、よろしく頼む」
非常に簡略して説明し、すぐにキスを迫ってきたセオを、ライリーは咄嗟に押しとどめた。嫌だというのもあるが、単純にどういう人なのかをもっと聞きたかったからだ。
「ど、どういう人なんだ? っていうか、誰?」
キスを寸止めされてセオは少し不服そうだったが、それでも答えてくれた。
「地方伯爵令息のイーデン。イーデン・シャンクリー。私の同級生だ」
「イーデン、さん……?」
あれ、と思った。どこかで聞いたことのある名前だ。
(どこだっけ……って、地方伯爵令息なんだから、そりゃあ名前を聞いたことがあるのか)
多分、社交界でも顔を合わせたことはあるだろう。記憶にないのはほぼ接点がないか、あるいは記憶に埋もれてしまうくらい普通の人だからかもしれない。
ともかく、これも何かの縁。会うのが楽しみだ。
「人当たりがよく、細やかなことに気が付く男だ。ライリーなら上手くやれるだろう。心配するな」
「ありがとう。そっか。いい人みたいで安心したよ」
まぁ、よくよく考えたら、性格に難がある者を王婿の侍従に選ぶわけもないが。
話が終わったところで、再びセオがキスを迫ってきた。それをライリーは、今度は受け入れた。心の中では渋々と。
そのまま寝台に押し倒され、予想通りの性行為コース。
「愛している。ライリー」
「……ありがとう」
嘘でも、愛していると言い返すことはできず、そう言うほかない。
今夜はセオと寝所をともにすることになり、セオの力強い腕の中でライリーは眠った。
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