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第11話 新たな侍従2

     ◇◇◇  街外れに小さくボロい家があった。  魔法薬師レノンが生まれ育った家だ。成人した今も、妹と暮らしている。 「お兄ちゃん、このおじさま、カッコいいんだよ!」 「へぇ。『ライリー・ハイゼル』だっけ」  前世の自分の声を聞いて、ライリーはここが夢の世界だと気付く。  ライリー・ハイゼル。くだんのBL小説に登場する、三大侯爵家の当主。弟が先代国王の御世で暗殺された過去を持ちながら、国王ヒーローが王位を簒奪された時に力を貸す存在。 『あなたに咎はない。それに私が何よりも悔しく思うのは、弟と甥を助けられなかった自分自身ですから』  先代国王への恨みはあれど、その息子のヒーローにはきちんと線引きしていた男。 『私に何かあれば、息子が家を継ぎます。夫のイーデンからも、陛下をお助けするように言われております』  ヒーローの下へ馳せ参じた時の言葉。  あれ、と思う。……イーデン? 息子?  その時、ようやくライリーは自分の行動の重大さを知った。弟のフィンリーを助けたいがために一生懸命で、頭になかったけれど――。 (『ライリー・ハイゼル』にも夫子ができる予定だったんだ)  その未来を、ライリーは消滅させてしまった。  弟の代わりに後宮入りして、でも歴史通りにエザラに世継ぎを産んでもらえば、という安直な考えだったが……とんでもないことをしたのだと、今ようやく気付く。  ライリーがした選択は、水面の波紋のように影響が今世界に広がっていくことだろう。      ◇◇◇  ライリーは、はっと目を覚ました。  目の前には、もうセオはいない。寝台で寝ているのは、ライリーだけだ。きっと、朝早くから政務をすべく王城に戻ったのだろう。  ライリーは寝台の上で、ひとまず寝間着に着替えた。トマスが起こしにきた時に、全裸のままでは恥ずかしい。 (……俺が娶るはずだった人と、その子供か)  罪悪感がこみ上げてくる。しかし、もうどうしようもない。変異オメガとなって、後宮入りした以上は。  それにしても、と思う。  娶るはずだった男が侍従になるなんて、どういう巡り合わせだろう。 「では、お世話になりました」  それから半月後、とうとうトマスが後宮を去る日がやってきた。赤薔薇宮総出で後宮の門のところまで見送りに出ると、ライリーが代表して大きな花束をトマスに渡した。 「これまでお疲れ様でした。この三ヶ月、トマスさんが侍従でいてくれてよかったです」 「こちらこそ、新たな主人がライリー様で本当によかった。ずっとセオ陛下のことが心配でしたが……ライリー様がいらっしゃれば、セオ陛下は大丈夫でしょう。どうか、これからもセオ陛下のことをよろしくお願いします」  花束を受け取りながら、トマスは微笑む。  ライリーは「はい」と表向きは笑顔で了承した。正直、よろしく頼むと言われても困るのだが……この場ではそう答えるほかない。 「どうぞ、お元気で」 「ありがとうございます。ライリー様たちもお健やかにお過ごし下さい。では」  門の前に停まっている馬車の中に、トマスは乗り込んだ。馬車がゆっくりと動き出し、なだらかな丘を下っていく。  小さくなっていく馬車が見えなくなるまで、ライリーたちはトマスを見送った。  ちなみにここにセオはいない。政務が忙しいのだそうな。昨夜、トマスと別れの挨拶をしていたから、それでいいということなんだろう。  長年仕えてくれた相手だろうに。ちょっと冷たいよなぁと思うが、トマスは「私よりも国のことを優先してもらわなくては」と気にした様子はなかった。 (今までありがとう、トマスさん)  後宮に入ったばかりの頃、心細さを感じていたライリーを支えてくれた人。どうか、ゆっくりと余生を楽しんでくれますように。 「では、戻りましょうか」  ライリーが後ろを振り向いて、宮女たちに声をかけた時だ。後宮の門の前に、また別の馬車が音を立てて停まった。 (ん?)  赤薔薇宮からは乗るのはトマスしかいないが。もしかして、青薔薇宮からもトマスのように退職して発つ人がいるのか。  そう思ったが、違った。馬車から人影が降りてきたのだ。 (あ……可愛い)  ふわふわとした短い赤毛に、まん丸とした黄褐色の瞳。年は二十歳前後だろうか。小柄で華奢な、一歩間違えれば女性と見間違われそうな風貌をしている。  青年のくりくりとした目と目が合うと、「あ!」と青年は嬉々とした表情を浮かべた。 「ライリー様ですか?」 「え? ええ。そうですけど」  ライリーのことを知っている。そして、後宮にきた青年といったら。  予定より早いが、もしかして。 (イーデンさん?)  ライリーの推測は当たった。青年は「イーデン・シャンクリーと申します」と笑顔で名乗ったのだ。 「本日からライリー様の侍従になります。よろしくお願いします」 「あ、えっと、こちらこそ、よろしくお願いしますね」  とうとう、イーデンがやってきた。心の準備をするよりも早くきてしまったため、ライリーの笑顔はぎこちなくなってしまう。 (本来の俺はこんな可愛い子を娶るはずだったのか……)  抱かれる側ではなく、抱く側だったのだと思うと、なんだか変な感じだ。  イーデンはライリーの前までやってきて、頭を下げた。 「申し訳ありません。少し早く着いてしまって」 「いえ、お気になさらず。長旅でお疲れでしょう、今から赤薔薇宮まで案内します。部屋でゆっくり休んで下さい」  変なことを言ったつもりはないのだが、なぜかイーデンは感激したような顔をした。尊敬の眼差しを、ライリーに向ける。 「ありがとうございます。やはりお優しい方ですね、ライリー様は」 「そ、そうですか?」  人として当たり前の気遣いをしただけなのだが。こんなことで好感度が上がってしまうのか、今世界の王族というのは。まぁ、嫌われるよりはよっぽどいいけれど。 「あ、荷物を一つ持ちましょうか」  小柄な子が大荷物を二つも持っていることを見かね、そう申し出たが、イーデンは感激を通り越してぎょっとした顔をした。 「とんでもありませんっ。自分で持てますので、お気持ちだけありがたく!」 「そう、ですか。では、赤薔薇宮まで行きましょう」 「はい!」  元気いっぱいの新たな侍従を連れて。ライリーたちは赤薔薇宮に戻った。

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