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第33話 公太子来訪13
アレックスがルエニア大公となる。
ということで、話はまとまった。この場は解散――という雰囲気になった時、それまで口を挟まなかったルカが、突然セオに向かって口を開いた。
「セオ陛下。恐れながら一つお聞きしてもよろしいでしょうか」
急にどうしたんだろう、とアレックスはルカの横顔を黙って見上げる。
「ん? なんだ」
「新たな皇帝となりうる人物の捜索をしているとのことですが……それはもしや、『ルパート・カシェート』のことでしょうか」
セオはなぜか驚いた顔をした。
「そうだが……なぜ、貴殿がその名を?」
「私のことだからです」
「え?」
ルカはもう一度、言った。
「私のことなのです。『ルパート・カシェート』とは」
アレックスの背後で、ルエニア大公が「ええっ」と声を上げた。どうやら、父もその名について知っているようだ。が、アレックスには誰のことか分からない。
アレックスは、ルエニア大公にひそっと耳打ちした。
「父上。どなたのことなんですか。『ルパート・カシェート』とは」
「カ、カシェート帝国の元第二皇子のことだ。――つまり、現カシェート皇帝の異父弟だよ」
「え……」
カシェート皇帝の元第二皇子。
そして――現カシェート皇帝の異父弟。
「えぇえええええええ!?」
◆◆◆
昼過ぎ、アレックスは赤薔薇宮に戻ってきた。
――なんだか、軽く放心した状態で。
「アレックス殿下。どうでした」
出迎えたライリーは、気遣わしげに問う。
様子を見る限りダメだったのだろうかと落胆しかけたが、そうではなかった。どういうことになったのか、アレックスはきちんと説明してくれた。
「というわけで、僕は父上の後を継ぐ。セオ陛下たちの画策が成功すれば、ルエニアにもゼフィリアにも被害はない、とのことだ」
「そうですか……それでどうして茫然としていらっしゃるんですか」
「それは……僕の口から話していいものか分からん。セオ陛下から伺うといい。……すまないが、今夜の舞踏会まで部屋で休む」
ふらふらとした足取りで、アレックスは客室に引っ込む。
本当に……何があったと言うのだろう。気にはなるが、無理矢理聞き出すわけにいかず。
(……ともかく、これで未来は変わる)
それがいい方向に進むことを願うしかない。
そしてその日の夜、ルエニア大公たちを送迎する舞踏会が開かれた。
急な訪問だったため、集まったのは上位貴族だけだ。セオの三つ年下の異父弟――つまり王弟も出席した。
王弟からダンスの誘いがあったので踊った後、思わぬ人物からダンスを申し込まれた。
「私と一曲踊ってもらえませんか、ライリー殿下」
「アレックス殿下」
まさか、同じオメガのアレックスから誘われるとは思わず、驚いたが、ライリーは差し出された手をとってはにかんだ。
「喜んで」
アレックスのエスコートを受けて、踊り場まで移動する。体を密着させ、手と手を絡め、ゆったりと流れる音楽に合わせてステップを踏む。
「この四日間、ありがとう。特にこの三日間は……感謝しても、し足りない」
一緒にルエニア公国を消滅させずに済む方法を模索したことに対して、だろう。思いついた案はとっくにセオが考えていたことだし、ライリーは別に何もしていない。
「決断したのは、アレックス殿下ご自身ですよ」
「背中を押してくれたのは貴殿だ」
手を繋いだまま、くるりとターン。着地は成功だ。
「まるで、友ができたようで楽しかった。本当にありがとう」
ライリーは目を瞬かせた。……友ができたようで?
それではなんだか、あくまで友人ではないような言い方だ。
「何をおっしゃっているんですか。少なくとも、私はアレックス殿下のことをもう友人だと思っておりますよ」
「え……」
思いがけないことを言われた、といった表情のアレックス。面食らっていたが、やがてふっと笑みをこぼした。
「……そうか。ならば、僕たちは――友達だ!」
にかっと白い歯を覗かせるその笑顔は、初めて見るもので。
実年齢よりも幼い、無邪気だが明るいものだった。
その翌朝、アレックスはルエニア大公たちと王都を発った。その中にルカの姿がないことに気付いたライリーは首を傾げるしかなかったが、あとからセオに事情を聞いて驚きとともに納得した。どうりであの時、アレックスが放心状態だったわけだ。自分の護衛騎士が、実は自分よりも身分が上だったとは思いもしなかっただろう。
――『ルパート・カシェート』。
第二皇子時代、身内が汚職をしたことから後宮を追放された皇子、だという。その後、ルエニア公国に流れ着いて、正体を伏せたまま騎士として働いていたそうな。
歴史世界で動かなかった彼が、今世界で名乗り出て動くのは、ルエニア大公になると決意を固めたアレックスを守るためだろう、と思われる。
(きっと、上手くいく……よな?)
◆◆◆
「……は? 今、なんとおっしゃいましたか。陛下」
ゼフィリア王城の政務室にて。
レイフは聞き間違えだろうか、いや聞き間違えであってほしい、と言いたげな顔でセオに聞き返してきた。
セオは聞き間違えでないことを、はっきりと告げる。
「ルカ……いや、ルパート殿には私もついていく、と言ったのだが」
「はぁ!? な、何をバカなことをおっしゃっているんですか! 国王がほいほいと玉座を開けるものではありません!」
正論だが、セオにもセオの主張がある。セオとて、何も考えなしについていくと言っているわけではない。
「いくらルパート殿が元第二皇子だからといって、今は権力も財力もない。大国ゼフィリアの支援があると思わせた方が、民衆にこちら側へついてもらいやすくなるだろう」
「それなら、ハリスンにでも陛下のふりをしてもらえばいいでしょう!」
「それはバレた時のリスクが大きすぎる。信用を失っては、画策は失敗する。それに」
セオは文机の上でゆったりと指を組んだ。
「人の心を動かすのは、誠意だと私は思うんだ」
どこまでも真っ直ぐな真心こそが、人の心を動かす。
ライリーを含めた赤薔薇宮のみなから、セオはそのことを学んだ。
「そ、それは……」
「私が不在にしている間、政務はお前に一任する。頼んだぞ」
今回の画策が成功するかどうかで、ゼフィリア王国が戦火に見舞われるかどうかが決まる。それほど重要な任務だからこそ、セオは行く。
民のため、――何よりもライリーを守るために。
◆◆◆
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