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第34話 公太子来訪14
ルエニア大公たちを見送ってからしばらく――セオは、赤薔薇宮には顔を出さなかった。カシェート帝国の現政権を瓦解させるという画策を練るので忙しいんだろう。
紅葉した庭の木々が枯れ木となり、初雪が降った日の夜。ライリーは、久しぶりに赤薔薇宮に顔を出したセオと会った。そして、自室に入るなり、思わぬことを告げられた。
「え……セオもルカさんと一緒に行く、のか?」
「ああ。だから、今日はしばしの別れを告げにきた」
どくん、どくん、と心臓が早鐘を打ち始める。胸元をぎゅっと握りしめた。
――予想外の展開だ。
セオもルカ改めルパートと、カシェート帝国に潜入する。まさか、国王の立場でそんな危険を冒すとは思わなかった。
「いつ帰ってこられるかは分からない。だが、必ず成功させるから。ライリーはここでトマスたちと信じて待っていてくれ」
「う、うん……」
としか言えない自分の無力さが歯がゆい。魔法薬を作れるといったって、こういう時になんの役にも立たないのだ。
俯くライリーの頬に、セオはそっと手を伸ばした。
「愛している。だが……必ず帰ってくると言えない私を許せ」
それはつまり、無事に帰ってこられるかは分からない、ということ。
ライリーの絞り出す声が震えた。
「な、なに言ってるんだよ。大丈夫だよ、上手くいくって」
セオに言っているのか、自身に言い聞かせているのか。よく分からない。
「この国の王はセオなんだから。セオがいなくなったらダメだろ」
「私に万が一のことがあっても、異父弟がいる。もしもの時は、ライリーたちのことを任せてあるから。心配しなくていい」
――違う。そういうことじゃない。
確かに王弟なら国王としての代わりにはなれる。だが、それは『国王』の代わりであって『セオ』の代わりには決してなれない。なれるはずがない。
「~~っ、セオじゃなきゃ、ダメだ!」
たまらず声を荒げると、セオは驚いた顔をした。
「ライリー……」
「セオじゃなきゃ、ダメなんだよ……! 他の誰もセオの代わりになんてなれない……! なんでそんなことも分からないんだよ、バカ……」
この世界で、『セオ』はたった一人だけだ。
そう、たった一人だけ。よく分からないが、ライリーのことを溺愛する、優しいけど時々意地悪な、変わり者は。
「約束しろよ。絶対に帰ってくるって。行く前からそんな弱気でいる奴がいるか」
涙が滲む目で、けれど睨むように見上げると、セオはふっと笑った。
「……そうだな。ありがとう、ライリー」
近付いてくる秀麗な顔にライリーは目をつぶり、優しいキスを受け入れた。
そのまま、いつもの性行為コース……とは、ならなかった。セオは明日の朝早くに発つという話だからだ。
「ではな、ライリー。帰ってきたら、一番に会いにくる」
立ち去っていくセオの背中を見送っていると、アレックスの言葉が頭に浮かぶ。
『ライリー殿下は……もう、セオ陛下のことが好きなのでは?』
セオのことが好き。
指摘された当時は、ピンとこなかったけれど――。
(そうだな、アレックス殿下。俺は……セオのことが好きだよ)
失いたくない、かけがえのない人だと、今やっと気付いた。
だから。
「絶対に無事に帰ってこい、セオ……」
室内にぽつりとライリーの言葉が落ちた……。
翌朝、セオはルパートたちとゼフィリア王城を発った。
そしてそれから一ヶ月後、ルエニア公国では、ルエニア大公が亡くなり、アレックスが新たなルエニア大公となる。
一方のライリーは不安な心を押し隠し、ただひたすらセオの帰りを待ち続けた。
そうして季節が一巡りする頃――。
「ラ、ライリー様っ」
自室にいたライリーの下へ、トマスが急いだ様子で駆け込んできた。その顔は、安堵しきったような、泣きたそうな顔だった。
それもそのはず。
「セオ陛下が帰ってきましたよ!」
ライリーははっとして、椅子から立ち上がった。
「ほ、本当ですか!」
「ええ! 今、こちらにいらっしゃいます!」
そう言われても、居ても立っても居られず、ライリーは自室を飛び出した。廊下の向こうに眩い銀髪の青年の姿を捉え、駆け出す。
「セオ!」
驚いた声を上げるセオに構わず、ライリーは抱きついた。その体を受け止めたセオは、力強い腕で抱きしめる。
「ライリー。ただいま」
優しげに笑むセオと見つめ合いながら、ライリーは泣き笑いで突っ込みを入れた。
「おかえり。――一番に会ったの、トマスさんじゃん」
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