38 / 49
閑話3 変わる未来(アレックス編)
「僕は『菜園公』という呼び名を広めようと思う」
ルエニア公国、王城にて。朝議でアレックスはそう宣言した。
側近たちはみな「?」状態である。なぜ、『菜園公』。せっかく呼び名を広めるのなら、国の特産物の宝石にちなんだものの方がいいのでは。というか、そもそも呼び名とは周囲がつけるものであって、本人から広めていくものじゃないだろう。
などという突っ込みを側近たちは内心抱いたが、寛容な彼らである。まぁいいかと受け入れることにした。別に国に害を与えるような呼び名ではないし、むしろ平和の国の君主という感じがして悪くはない。
そうしてその第一歩として、王城前の空いた敷地をすべて菜園にするということになった。作業には国民たちも協力し、和気あいあいとした雰囲気で作業は進んだ。
出来上がった菜園では、季節の野菜や果物が育てられた。アレックス本人も世話はするものの、君主の身。手は回らず、王城で働く者たちが主に世話を担う。収穫時期となれば、国民の力も借りることになり、代わりに収穫物をみんなで分け合う収穫祭が開かれた。
その、収穫祭の真っただ中に、アレックスの下をセオが訪れた。カシェート帝国での画策を成功させてゼフィリア王城に帰る前に、立ち寄ってくれたのだ。
「いい雰囲気の国だな。ルエニア公国は」
楽しそうに作物を収穫する民たちの姿を見て、セオは目尻を和ませる。
直前まで民たちと一緒に収穫作業をしていたアレックスは、土埃がついた服装で「ありがとうございます」と嬉しそうに笑った。
「セオ陛下もご無事で何よりです。また、画策も成功したとのことで……本当にありがとうございました。おかげさまで今のこの平穏があります」
「礼には及ばない。我が国ゼフィリアとて、カシェート帝国に侵攻されていたら困っていたのだから」
アレックスは、セオの周囲につい視線を動かした。セオの周囲にいるのは、セオの側近騎士が数名だけ。……ルカの姿はない。
「カシェート帝国の新たな皇帝には、やはりルカが?」
「ああ」
「そう、ですか……」
分かっていたことだ。革命軍の旗頭として担ぎ上げられたのだから、革命後に新たな皇帝の座につくだろうことは。
『ルカ! ボクが大きくなったら、ボクとけっこんしろ!』
元より諦めていたことではあるけれど。あの日、夢見ていた道は完全に潰えた。そのくらいのことは、アレックスとて誰に言われずとも分かる。
――さようなら。ルカ。
これからは、ルエニア大公とカシェート皇帝として、ルパートとは関わっていくことになる。そしてアレックスもルパートもそれぞれ王婿を迎え入れて、血筋を残さなければならない。
「ルエニア大公」
浮かない顔をしていたアレックスは、セオの声にはっと我に返る。
「は、はい。なんでしょう」
「ルパート殿から伝言があるんだ。――『あの日のお気持ちに変わりがなければ、三年ほど待っていてもらえませんか』と」
……あの日の気持ち?
アレックスは、目を点にするしかなかった。一体いつの日のことだ。それになぜ三年。分からないことだらけで、まるで暗号文のようだ。
伝言を終えると、セオたちは早々にルエニア公国を後にした。王城に宿泊していかないかと声はかけたものの、セオも早くゼフィリアに――ライリーの下へ帰りたいとのことだった。
セオたちを見送ったアレックスは、また菜園の収穫作業に戻る。人参を収穫しながら、思うのはルパートからの伝言のこと。
(三年……か)
待っていたら、またルカとして護衛騎士になってくれるのだろうか。
思い浮かんだ都合のいい夢に、アレックスは内心ふっと笑う。
(って、そんなわけないか)
確かに、ルパートがルカとして再びアレックスの護衛騎士になることはついぞなかった。
ただし、三年後、ルエニア公国にやってきた。――アレックスの王婿として。
前カシェート皇帝にも平和主義の皇子がいて、あとはもう皇子にカシェート帝国を任せ、ルパートは和平の証としてルエニア公国に婿入りしてきたのだ。
諦めたはずの『友達』も『初恋』も『趣味』も『大公になる未来』も。すべて、アレックスの手の中に返ってきた――。
ともだちにシェアしよう!