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第3話 猫かぶり王子
「今宵は歓迎の宴を開きます。どうぞ、楽しんで下さいますよう」
「お気遣いありがとうございます」
サイードと微笑み合い、そこで一旦エラムとともに謁見の間を後にした。エラムの案内で宮殿にてクラークにあてがわれた部屋まで行き、宴の時間まで休むことになった。
ちなみに部屋には高級そうな調度品が揃えられていたが、寝台だけはない。サイードの部屋で寝所をともにしろ、ということらしい。
まあ、相手はまだ子供だ。子作りをするような展開にはならないだろう。いずれは……腹をくくらなければならないだろうが、とりあえずそのことにクラークは安堵した。
窓辺に立ち、地平線に沈む夕日を眺める。
(それにしても、この国は大聖帝時代を思い出すなあ)
現在でこそ緑豊かなシムディアも、かつては荒れ果てた国だった。滅亡しそうになっていたところを、聖帝として異世界召喚されたレオが救ったのだ。とはいえ、あれからあそこまで栄えたのかと、転生したクラークは当初驚いたものだけれど。
(……まっ、もう大聖帝の力を振るうのはこりごりだけどな)
馬車馬のように能力を振るうことを求められ、真面目なレオがそれに応え続けて無理をした結果が――過労死だ。あんな思いはしたくないし、死因が過労死なんて冗談じゃない。念のためすべての能力を回収してきたが、必要に迫られなければ使用するつもりはない。
クラークはただのんびりと、三食昼寝付きの生活を送れたらいいのだ。
夜になると、サイードが言っていた通り、歓迎の宴が開かれた。
小麦の粗挽粉から作る粒を利用して作った魚のクスクスや、羊肉のケバブ、ナン、飲み物としてチャイなどがテーブルにずらりと並んだ。
どの料理から手を付けようか悩んだ末、クラークは羊肉のケバブに手を伸ばす。一口食べてみると、ほんのりと香辛料が効いていておいしい。
「ん! おいしい」
思わずこぼした素直な感想に、隣に座っているサイードは「お口に合ったようでよかったです」とにこやかに笑った。もうすぐ十四歳だというサイードは反抗期を迎えていてもおかしくない年齢だが、そんな様子はなく物腰柔らかで愛想がいい。
ちなみにタナルでは成人年齢は十八歳だという。そのため、クラークとサイードはまだ正式には夫夫にはなれず、しばらく婚約者という立場でいてほしいという話だった。いきなり、結婚させられることにならず、これまたクラークはほっとした。
婿入りするにしたって心の準備が必要なものだ。好きでもない相手との結婚ならなおさら。
舌鼓を打ち、宴を楽しんでから沐浴をして、エラムの案内でサイードの部屋へ足を運ぶ。すると、サイードが広い天蓋付きの寝台に足を組んで腰かけていた。その表情はそれまでのにこやかなものから一転して不愛想で、クラークはおや、と思った。
(別人……じゃないよな)
双子の兄弟とか、影武者とか。違う人物なのでは、と思うほど雰囲気がまるで違う。
そのことに戸惑いを覚えつつも、クラークはサイードの目の前まで近付いた。
「……あの、サイード殿下。私もここで休めばいいんですよね?」
「ああ。だが、心配するな。まだ手は出さん」
言葉の意味よりも、その口調にクラークは驚いた。子供らしからぬ口調の上、タメ口。ちょっと待て。キャラが違いすぎやしないか。
面食らうクラークを見て、その心中を察したらしい。サイードは腕を組み、ふんぞり返った。
「これが俺の素だ。夫夫となるのだから、さっさと見せておいた方がいいだろう」
「……随分と今までの顔と違いますね」
「王族たるもの外面はよくしておけ、と亡きオメガの父から教わったものでな。……まあ、とにかく隣に座れ。君には話がある」
促されて、クラークはおずおずとサイードの隣に座った。ふかふかの敷布団は思ったよりも弾力性があって体が深く沈む。体勢が崩れそうになったところを、サイードが支えてくれた。
「あ、すみません」
「いや。それよりも、君は何故、我が国へきた?」
クラークを覗き込む青い瞳と目が合う。その目は虚偽を許さない、すべてを見透かそうとしている目で、クラークは眉をハの字にした。
「何故、と申されましても……私はシムディアの教皇様からサイード殿下の下へ婿入りするように命じられて、この国へきただけですが」
「それが解せない。大国と縁を結びたいからというのならともかく、我が国は小国だ。わざわざ高貴な聖帝を婿入りさせたところで、シムディアにメリットは何もない」
「そんなに気になることなんですか」
「気にならないわけがないだろう。父上は些かお花畑脳だから、俺の花婿が聖帝だと単純に喜んでいるが、有能な聖帝なら手放すわけがない。となると、何かやらかして追放され、厄介払いで俺に婿入りさせられたのだという方がしっくりとくる」
どうだ、と返答を乞われてクラークは内心感心した。まだ十三歳だというのに鋭い観察眼だ。
「……おっしゃる通り、厄介払いです」
「何をした」
「いえ、何も。何もしなかったから、私は追い出されたんです」
怪訝そうな顔をするサイードに、クラークはシムディアでの自身の立場を語った。四聖帝のうち『恵みの聖帝』であったが、緑豊かなシムディアでは無価値な聖帝として扱われていたこと。けれど、荒れ地の国タナルなら能力を活かせるだろう、聖帝らしく世に尽くして生きろ、と教皇に言われて追放されたこと。
「――というわけで、私はこの国へ嫁いできました」
締めくくるクラークの話を、嘘ではないと判断したらしい。サイードは「ふむ。それは運が悪かったな」と相槌を打ってから、考え込むように顎に手を添えた。
「『恵みの聖帝』というと……どんな能力があるんだ?」
「木を生やしたり、作物を実らせたり、ですかね」
それにはサイードは拍子抜けしたようだった。
「……なんだ、もっと禍々しい能力かと思った。それならば、確かに我が国では能力を活かせるかもしれないな。我が国はご覧の通り、荒れ地で作物不足だ」
あれ、と思った。なんだ、この流れ。『恵みの聖帝』なんだから、その能力を振るうことが当たり前のようじゃないか。
そんな嫌な予感は的中した。
「クラーク。国民のために作物を実らせてはもらえないだろうか」
「……どうしてですか」
「今年は天候の関係で、特に作物が不足していてな。備蓄庫を解放してなんとかしのいでいるが、それも長くは持たない。国民を飢え死にさせぬよう、力を貸してほしい」
クラークは「うっ」となった。飢え死に。そんな風に言われたら、能力を使う気はないなんて言えないじゃないか。ここで断ったら鬼畜だ。
とはいえ。
(作物不足になるたびに、いちいち作物を実らせるのか?)
考えるだけでそれは面倒だ。それだったら、もっと根本的に問題を解決した方が、のちのちクラークは楽をできるのでは。そんな発想に至る。
「……僭越ながら、申し上げてもよろしいでしょうか」
「なんだ」
「確かに作物を実らせることはできます。しかし、それは備蓄庫を解放しているのと同じで一時しのぎにしかなりません。この国は荒れ地で作物不足とおっしゃっていましたが……そこを改善する余地があるかと思います」
「と、いうと?」
クラークは真っ直ぐサイードの瞳を見た。
「国土開拓しましょう。――私の能力で」
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