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第4話 オアシスを作ろう

 それから一ヶ月後。  クラークはサイードとその護衛の睡蓮騎士団とともに、人々が住まわない不毛な荒れ地へとやってきていた。やや離れた場所には山々が連なっている。 「クラーク。本当にできるのか?」  そう訊ねるサイードの目は、少々疑わしげだ。まあ、聖帝の能力を見たことのない者からしたら、今やろうとしていることをあっさり信じられるわけがない。  クラークは淡々と答えた。 「やってみなければ分かりませんが……おそらく、できると思います」  タナルの荒れ地は、かつてのシムディアと似ている。大聖帝時代にやっていたことと変わらない。きっと、上手くいくだろう。  クラークは一人、その場に立った。風に髪をなびかせながら魔力を出力して、気候を操る天魔法を発動する。すると、晴れ渡っていた空に暗雲が立ち込め始め、やがて激しい豪雨が山々に降り注いだ。あくまで範囲は山々だけで、クラークたちがいる場所は晴れたままだ。  おお、という声が幾重にも睡蓮騎士団の騎士たちの間から上がった。「これが聖帝の力なのか」、「魔法とはすごい」、などと称賛の声が次々に聞こえてくる。  けれど、クラークは特に何も思わなかった。賛辞の言葉なんて大聖帝時代に聞き飽きている。 (結局、大聖帝の能力を使ってるじゃん、俺……)  もうこりごりだと思っていたのに。だが、まあ仕方ない。いちいち作物を緑魔法で実らせるよりかは、国土を開拓して国自体を潤わせ、この国の作物不足を解消した方が結果的に手間がかからないはず、だ。  さて、クラークが今、何をしているのか。 『――オアシスを作る?』 『はい。まずは水場を確保することが先決です』 『しかし……試したことがあるが、雨水を貯めても蒸発してしまうぞ』 『勘違いなされているようですね。オアシスというのは、ただ雨水が貯まったものではありません。雨水が地下水脈から湧き出たものです』  周辺にある山に降った雨や雪が地下水となって流れ込み、そこに地下変動が起こると突然水脈が地表に出てくることがある。それによって湧き出た水がオアシスを形成する。  そこでクラークが行うのは、近くの山々に天魔法で雨を降らせて雨水を地下水脈に染み込ませ、そこへ地魔法で地下変動を起こして地下水脈を地表に出させる、というものだ。 『とりあえず、一ヶ月ほど雨を降らせてからやってみます』  というわけでこれから一ヶ月間、周辺の山々に豪雨を降らせる。といっても、二十四時間ずっと降らせられるというわけではない。  クラークとて睡眠をとらねばならないので、天魔法を使うのは起きている時間帯だけだ。それも、魔法の発動中はその場から動けないので、立ちっぱなしという状態である。さすがに体が疲れて、途中からはラクダに座って天魔法を使うようにした。  作戦を開始して十日ほど過ぎた頃だろうか。天魔法を発動中のクラークの下へ、サイードがやってきた。その顔はなんだか気遣わしげだ。 「おい、大丈夫なのか」 「計画は順調ですよ」 「そっちの意味ではなく。……毎日、毎日、あんな大がかりな魔法を使い続けて。その負担はないのかと訊いている」  意外な思いでクラークはサイードを見下ろした。体の心配をしてくれるとは、優しいところもあるじゃないか。 「この程度の魔法なら問題ありません。きちんと休んでいますし、食事もとっていますし。お気遣いありがとうございます」 「……そうか。なら、いいんだが」  大丈夫だと聞いて、サイードは安堵しているように見える。なんだろう。引き受けた聖帝を到着早々死なせてしまっては、マズイとでも思っているのだろうか。 (まあ……大国シムディアの聖帝を娶ったのに、すぐに死なせたら戦争の引き金になるかもしれない、と懸念するのは当然か……)  国同士の付き合いというのは難しいものだ。大聖帝時代はただ国内で能力を振るっていればよかったので、外交に関してはクラークにはよく分からない。 「それにしても」  サイードはクラークが乗っているラクダの横に立ち、天魔法によって豪雨が降る山々を見つめた。 「君が使える能力には、天候を操るものもあったのか? この能力なら、シムディアでも活かせるだろうに」 「……あー、まあ、事情がありまして」 「?」 「機会があれば、お話しますよ。まあ、私に任せて下さい」  言い切るクラークにサイードはふっと笑った。 「頼もしい限りだな。だが、無理はするな。疲れたら休憩をとってくれ」 「はい」  立ち去っていくサイードの背中を見つめながら、クラークはふと思う。 (そういえば……大聖帝の能力を使うことを心配されたのって初めてかも)  すごい、奇跡だ、なんて称賛の声は飽きるほど聞かされていたけれども。魔法を使うクラーク自身のことを心配されたことはない。みな、大聖帝だからいくらでも魔法が使えるものだと思っていたのだろうと思う。レオがバカ真面目に期待に応え続けて、弱音を吐かなかったことも一因かもしれない。  誰かレオの体にかかる負担を気にかけてくれる人がいたら。  レオ自身もまた、無理なものは無理だと意思表示ができていたら。  そうしたら、若くして過労死なんて結末は迎えなかったかもしれない。そう考えると、クラークの体の心配をしてくれたサイードの存在は、ありがたいものかもしれなかった。  俺様キャラっぽいと思っていたサイードの認識を少し改めつつ、周辺の山々に豪雨を降らせること一ヶ月。そろそろ地魔法を使ってみようか、とクラークは天魔法を使うのをやめた。すると、山々の上に立ち込めていた暗雲が徐々に消えていき、雨が止む。  これにもまた、騎士たちは驚いた様子だった。豪雨が偶然ではない、とはっきりと分かったからだろうか。 「では、地下変動を起こします」  地魔法を発動し、大地に干渉する。地下水脈よ、上がってこい、と願いながら、地下変動を起こし続けていた時だった。  噴水のように、地表から水が勢いよく湧き出てきた。  おおっ、と野太い歓声が騎士たちの間に上がる。サイードも目を丸くして、「本当に水が湧き出てきた……」とぽつりとこぼした。 (計画の第一段階、完了)  水が湧き出てはしゃぐ騎士たちとは違い、クラークは冷静な目で湧き出た水を眺めた。今は大量に水が噴き出しているが、時間が経てば落ち着くだろう。 「クラーク」  隣からサイードの声が聞こえて振り向く。クラークと目線の変わらぬサイードは、その不愛想な表情を僅かに柔らかくした。 「ありがとう。よく頑張ってくれた」 「いえ。私はできることをしただけです」  我ながら可愛げのない返答だと思う。けれど、きゃぴきゃぴとはしゃぐというのは、クラークの性格ではない。  この一ヶ月でその辺りの性格は把握しているのか、サイードは特に何も言わなかった。はしゃぐ騎士たちの下へと去っていく。  そのまだ小柄な背中を、クラークは見送った。 (……頑張ってくれた、か)  それもまた、大聖帝時代に言われたことのない言葉だった。魔法を使えるのが当然だから、大聖帝だから世に尽くすのは当たり前、周囲はそんな認識だったのだろう。  けれど、サイードは違う。きちんとクラークの頑張りを認めてくれる。こんなチート魔法を使うことが頑張ったと果たして言えるのかは分からないが、それでも労ってもらえるのは嬉しいことだ。 (案外、いい国王になるかもなあ、サイード殿下は)  現タナル国王の身に何かない限りは、即位するのはまだまだ先の話ではあるが。  そんなことを考えながら、喜びを爆発させている騎士たちを見やる。水が湧き出て喜ぶ人々というのが、大聖帝時代で何度も見た光景と重なって胸の辺りがざわつく。  この感情はなんだろうか。レオのような生き方はしない。のんびりと、三食昼寝付きの生活ができればそれでいい。そう思っていたはずなのだけれども。  考えても、よく分からなかった。

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