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第6話 牧用地・農地を作ろう

「じゃあ、オアシスの周りに緑魔法を使いますね」  翌日。地表から湧き出た水が落ち着いてオアシスを形成したところへ、クラークは緑魔法を使った。まず、いくつか生やしたのはナツメヤシの木だ。それからオアシスを囲むように低木も追加しておいた。  ざざっと生える木々を見た騎士たちは、これまた「おお!」と感嘆の声を上げる。もうそれしか言えないといったところだろうか。  ちなみに生やしたのがナツメヤシの木や低木なのは、それがタナルの気候に適した樹木だからだ。緑魔法を使えばもちろん、他の木々を生やすことができるのだが、それでは一時的なものになるというか、雨量の少ないタナルの気候下ではいずれ枯れてしまう。 『ということは、森を作ることもできないのか?』 『一時的には可能ですが……永続させるのは無理かと。タナルの雨量では、せいぜい草原を作るので限界でしょうか』  そんなわけで、オアシスから少し離れた荒れ地にまた緑魔法を使用して草原も作った。クラークの足場を中心にして放射線状に草が生い茂っていき、まるで緑の絨毯のような草原が一帯に広がる。この草原は牧用地として活用する予定だ。 「荒れ地にこれほどの緑が……」  目を白黒させているサイードを、クラークは表情薄く振り向いた。 「さて。次は農地を作りましょうか」  地魔法の出番だ。地魔法には土を肥沃な土壌に変える能力もあるのだ。  草原とはまた違う場所へ、地魔法で広く農地を作った。緑魔法で小麦やトウモロコシをチート栽培して――例によってタナルの気候に適した作物だ――、あっという間に人々が住まえる土地に変わる。 (計画の第二段階、完了)  オアシスを作り、牧用地を作り、農地も作った。あとは人々を住まわせて、村として発展させてもらうだけだ。それが計画の最終段階だった。  この土地に住まわせる人々は、王都で行き場を失くした貧民たちである。最初は国が雇う形で村作りを進めさせ、生活が安定するようになったら年貢を納めてもらう。そういう計画だ。  一瞬で実ったトウモロコシを、サイードは一つ手に取った。皮を引き剥がして、生のままかじりつく。  緑魔法で実らせた作物というのは高品質だ。想像していたよりもおいしかったようで、サイードは目を丸くしていた。 「うまい。これなら『恵みの聖帝』としても、シムディアで活躍できたんじゃないのか」 「もっとおいしく作れる農家なんてたくさんいますよ。以前に話した通り、シムディアでは『恵みの聖帝』なんて必要ありません」 「そう、か。シムディアは本当に緑豊かな国なんだな。……それにしても」  サイードは隣に立つクラークを、感心したように見つめた。 「君の能力は本当にすごいな。不毛な荒れ地が、瞬く間に人々が住める土地に変わった」 「それが私の持つ能力ですので」  淡々と答えるクラークの隣で、サイードはふむと考え込む。 「シムディアは、とんでもない有能な聖帝を手放したものだな。我が国からしたら、これ以上ないほどありがたい存在だが」 「お役に立てて光栄です」  他人行儀な言葉遣いに思うところがあったのだろうか。サイードは話題を変えた。 「ところでずっと思っていたんだが、俺に敬語を使う必要はないだろう。婚約者なのだし、そうでなくても君の方が年上なのだから」 「気にしないで下さい。相手によっていちいち口調を変えるというのが面倒なので」  面倒臭がり屋もここに極まり、という自覚はある。けれど、誰に対しても敬語口調というのは昔からなので、いまさら変えたくはない。  つい本音を暴露すると、サイードは珍しくきょとんとしていた。クラークの主張を頭では理解できても、感情の方が理解しかねるようだ。 「面倒、か……まあ、それがいいなら構わないが。そんなことを言う人と初めて会った」 「でしょうね。私も変人の自覚はありますよ」 「いや、変人というか……まあ、あまりあくせくと働くのが嫌そうだな、君は」 「あまり、ではありません。絶対に、です」  馬車馬のごとく働いていた大聖帝時代の反動なのか、あるいは単に生来の性格なのかは分からないが、できるなら働かずのんびりと過ごしたい。今、おこなっている国土開拓も結局はそのためだ。 「堕落した聖帝でしょう。呆れていいんですよ」 「それも個性だろう。働きアリとそうでないアリの話もある。それに……そのくらいのんびり屋の方が俺としても安心する」  ふっと笑みをこぼすサイードの頭にあるのは、亡き父のことだろう。働き者すぎて過労で倒れる心配のある花婿よりは、怠け者の花婿の方が心配しなくてもいい、というところかもしれない。男性の趣味が極端なんじゃないか、と思わないでもないが。  ともかく、ここ一帯にはもう人が住める。暫定的にここ一帯の管理者をエラムとし、他の騎士に貧民たちを連れてこさせ、家を建てるのに必要な石材なども手配してもらうことになった。  クラークとサイード、そして残りの睡蓮騎士団員は、また新たに国土開拓だ。なにせ、国土の一割は不毛な荒れ地なのでまだまだ村を増やせる。 「では、行くか」 「はい」  休息を十分に取った後、クラークたちはラクダに跨って発つ。  また新たな不毛な荒れ地へと。  国土開拓の手順は変わらない。まずオアシスを作り、牧用地と農地を作って人々が住まえる土地に変える。その後は睡蓮騎士団の騎士に任せ、どんどん開拓していく。  そんな旅をする日々が一年過ぎ、ようやく国土開拓が終わろうとしていた。 (そろそろ、宮殿に戻れそうかも)  これだけ国土開拓すれば作物不足問題も解消するだろう。後は宮殿でのんびりと過ごせるはずだ。サイードはまだタナル国王ではないのだし。  そう思って、うきうきとしていたクラークだったが――。 「……え? 国土開拓してきた場所をまとめて一地方として、しばらくサイード殿下が治められる……のですか?」  寝耳に水の話だった。まさか、王子が、それも第一王子が地方を治めることになるとは思っていなかった。  この一年で少し背が伸びたサイードは、天幕の中で「ああ」と頷く。 「荒れ地を開拓したとはいえ、まだまだ住まう国民の様子を見守る必要がある。そこで、父上に俺がこの地を治めたいと書状で進言した」 「えーっと、じゃあ私は……」 「もちろん、俺の傍にいてもらう」 「……そうですか」  マジか。国土開拓が終わったら、宮殿で三食昼寝付きの生活を送れると思っていたのに、とんだ誤算だ。サイードは、クラークと違って真面目な働き者だということを失念していた。  目に見えてがっかりするクラークを見たサイードは、ふっと笑う。 「心配するな。別に俺の仕事を手伝えとは言わん。君にはここまでよく頑張ってもらったからな、ゆっくりしているといい」  それにはぱっと顔を輝かせるクラークである。さすが、サイードはクラークの性分をよく理解している。そしてそれを許す寛大さも頭が下がる思いだ。 「は、はい! ありがとうございます」 「ということだから、明日から最初に開拓した場所……エラムが治めている村へ戻る。まだ旅が続くが、あの村に着くまで我慢してくれ」  そんなわけで翌朝、クラークたちはエラムが治める村へと発った。

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