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第7話 大聖帝の治癒水

「あ、『村』らしくなっていますね」 「そうだな。国民たちが頑張ってくれたんだろう」  数ヶ月経って、最初に国土開拓した場所へ戻ると、そこには白い石材で建てられた家々が並ぶ、小さな村が出来上がっていた。  草原には柵が設けられていて、本来なら山羊や羊を放牧しているのだろう。が、今は家畜の姿は見えない。広い農地にも小麦やトウモロコシが栽培されているが……農作業をしている人々の姿は見えなかった。オアシスは枯れることなく存在しており、ここ一年で自然と生えたのだろう。周辺にますます緑が増えているが。  おや、と思う。クラークが言えたことではないかもしれないが、こんな日中に村人全員が家に引きこもっているとでもいうのか。  サイードも同じことを思ったようだ。「妙だな」と怪訝な顔をして、村を見回す。 「様子がおかしい。とりあえず、エラムの下へ行こう」  しん、と静まり返った村を歩いて、クラークたちはエラムが住む家へと向かった。エラムが住まう家はオアシス近くの大きな家だと事前に聞いていたため、場所はすぐに分かった。 「エラム、俺だ。入るぞ」  サイードがつかつかと家の中へ入ると、「サイードでん、か……?」と弱々しい声が奥から聞こえてきた。ゴホゴホと咳き込む音が響く。  奥に進むと、寝台で上体を起こしたエラムがいた。その顔は赤らんでおり、熱があるだろうことが察せられる。「おい、大丈夫か」と気遣わしげな顔をして寝台へ近付くサイードを、エラムは「ちか、づかないで下さい」と制止した。 「うつってしまいます。それ以上、近付いてはいけ、ません」 「そんな具合の悪そうなお前を、放っておけるわけがないだろう」  構わずエラムの下へ歩み寄ったサイードの後ろに、クラークも続く。ちなみに他の騎士たちは外で待機だ。広い家とはいえ、大勢で押しかける必要もないだろう、というサイードの命令だった。 「俺に気にせず、横になれ。……一体、どうした。他の村人たちの姿が見えないのも、お前と同じような状態だからか?」 「は、い……」 「サイード殿下。水分補給をさせた方がよろしいかと。今、オアシスから水を持ってきます」  クラークはサイードにそう耳打ちしてから、すっと身を翻した。家を出てすぐ目の前のオアシスから透き通った水を水袋に汲み、……とある魔法をかける。それを持って、再びサイードたちの下へ戻った。 「サイード殿下、戻りました。こちらの水を飲ませてあげて下さい」 「すまない、ありがとう」  水袋を受け取ったサイードは、「エラム、水を飲め」と横たわったままのエラムの口に水袋を寄せていく。その体勢では水をこぼしそうなものだが、サイードが器用なのか、エラムが器用なのか。一滴も水を無駄にすることなく、エラムはとある魔法がかかった水を飲んだ。  水を一滴でも無駄にすまい、という感覚に国民性が現れているなあ、とシムディアで生まれ育ったクラークはどうでもいいことを思った。 「ありがとうございます、サイード殿下。……って、ん!?」  水を飲んだエラムは目を見開き、軽やかに上体を起こした。その顔から赤みは引き、咳も止まって、弱々しかった声もしっかりとしている。 「あ、あれ……?」  戸惑った顔をするエラムにサイードは首を傾げた。 「どうした、エラム。ゆっくり休んでおけ」 「いえ。それが……もう平気なんです」 「は?」  何を言っているんだ、と言わんばかりのサイード。それもそうだろう。ついさっきまで、あれだけ具合が悪そうだったのだから。 「平気って……治った、のか?」 「はい、おそらく」  サイードとエラムは無言で顔を見合わせた後、後ろにいるクラークを振り向く。 「クラーク。もしや、何かしたのか?」 「ええ。水に治癒魔法をかけました」 「「治癒魔法?」」  声を揃えて不思議そうな顔をするサイードとエラムに、クラークは治癒魔法について説明した。治癒魔法とは自己治癒速度を上げる魔法で、治癒魔法がかかった物を飲み食いすると、ちょっとした病気なら一瞬で治せるという能力だということ。もちろん、ちょっとした外傷なら同様に治せるということ。 「す、すごすぎないか……?」 「……そうですね。聖帝様の能力は、多岐にわたるようで」  説明を聞いたサイードとエラムは、もはや感心を通り越して引き気味だ。ちょっと待て。助けたのに引くなんてあんまりじゃないか。  とはいえ、仕方ないかもしれないとも思う。四聖帝の存在が当たり前だったシムディアと、聖帝の存在なんて噂でしか聞いたことがないだろうこの国は違う。  サイードは失礼な反応をしていると思い至ったようだ。コホン、と咳払い一つして、立ち上がった。 「ま、まあ、助かった。ありがとう」 「クラーク様、本当にありがとうございます」 「いえ。お元気になられたのならよかったです。……それにしても、今回のご病気について心当たりは?」  寝台から下りたエラムは、顎に手を添えて考えるそぶりを見せた。 「そう、ですね……王都に行っていた部下が戻ってきてから、次々と村人たちが病に伏せていきました」  ということは、おそらくその騎士が王都から病気をもらってきてしまったのだろう。それにしたって、村全体に蔓延するなんてすごい感染力だが。まだ小さな村だから、というのもあるかもしれない。 「そうですか。私の能力で治せるようですから、この治癒水を村人たちに配りましょう。それで終息するかと思います」  そんなわけで、クラークがサイードとともに水を汲んで治癒魔法をかける係、エラムたち騎士がそれを村人たちに配る係という役割分担で、治癒水は村全体に行き渡った。村人たちは治癒水を飲むなり元気になって、クラークの話を聞いたらしい。口々に礼を言いにきた。 「ありがとうございます、聖帝様」  笑顔で礼を述べていく村人たちを見て、またも胸がざわつく。 (そういえば……大聖帝時代もこんな風に人々から感謝されていたっけ……)  馬車馬のように働かされた結果、過労死した前世の記憶。けれど、それだけではなかったのかもしれない、と思う。 「どうした、クラーク」  サイードに声をかけられて、クラークははっと我に返る。 「あ……いえ、ちょっと前世の記憶を思い出しまして」 「大聖帝だったという記憶か? 何かあったのか」  サイードは、大聖帝レオが過労死した顛末をすでに知っている。ゆえに今世ではのんびりと過ごしたいというクラークの思いも。 「その……大聖帝時代もこんな風に感謝されていたなあ、と」 「国に尽くしていたという話だったからな。さぞ国民からは感謝されたことだろう。だが、それがどうかしたのか」 「胸がざわつくんです」  大聖帝レオのような人生は送りたくない。必要に迫られなければ、大聖帝としての能力も使うつもりはない。そう思っているのに……不思議と人々からの笑顔を見ると、なんとも形容し難い思いに駆られる。  心情を吐露するクラークにサイードは物言いたげな顔になった。 「それは……いや、やめておこう。自分で気付くべきことだ」 「?」 「それよりも、君の治癒水でみんな元気になったようだな。ありがとう」 「いえ、私は別に……」 「素直に受け取っておけ。仮にも王子からの礼だ。ともかく一旦、エラムの家に戻ろう」  そうして。  村に蔓延していた病気は、瞬く間に終息したのだった。

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