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第14話 勝負の品物

 ファティマは傍仕えの女性たちを引き連れ、家をさっさと出て行った。勝負に勝つべく早速準備に取りかかるのだろう。 「エラム……! お前、なんてことをしてくれたんだ……!」  エラムを見るサイードの表情は恨めしげだ。けれど、エラムは「まあ、まあ、落ち着いて下さいよ」と宥めるように笑った。 「こうでもしなければ、ファティマ様は引き下がりませんでしたよ。それに一夜をともにするといっても、事に及ぶかはサイード殿下がお決めになることでしょう。心配されずとも大丈夫です」 「そういう問題か!」 「それにクラーク様が勝てばよろしいのですよ。――ねえ、クラーク様」  にこりと笑って話を振るエラムに、クラークは「うっ」となった。つい勝負に乗っかってしまったが、勝てる自信があるわけではない。  けれど、エラムの言葉を聞いたサイードはそれもそうだと思い至ったらしい。非常に威圧感のある目でクラークを見た。 「クラーク。頼んだぞ」 「ええと、お約束はできかねま……」 「た・の・ん・だ・ぞ」 「……はい」  これは大変なことになってしまった。  さて、ヒデナイト地方の特産物といっても何を作ろう。飲食物がいいのか、あるいは日用品がいいのか。ファティマも何を作ってくるだろうか。  考え始めるクラークだったが、ふと口を開いた。 「ところでサイード殿下。ファティマさんというのは、サイード殿下の婚約者候補だったというお話でしたが。どこか良家のお嬢様なんですか?」 「地方領主の娘だ。君が婚約者に決まるまでは、第一候補だった」  第一候補。ということは、他にも婚約者候補はたくさんいたということか。まあ、一国の王子の結婚相手なら何人も候補者がいてもおかしくはないかもしれない。  そこでクラークは、ん? と思う。そういえば。 「タナルは一夫一妻制の国なんですか?」  シムディアでは一夫多妻制だった。といっても、平民は一夫一妻が基本で、複数の妻を娶るなんて王侯貴族くらいのものだったけれど。  ともかく、タナルでは一夫多妻制ではないのだろうか。  クラークの今更ながらの疑問に答えたのは、エラムだった。 「タナルは一夫多妻制ですよ。シムディアと同じです」 「え? じゃあ、ファティマさんのことも娶れば済む話なのでは」  それにはサイードが物言いたげな顔をした。 「……君は自分以外の伴侶を俺が娶っても気にしないというのか」 「え、えーっと……」  そう言われると、何も思うところはないと言ったら確かに嘘になる。今はピンとこないものの、実際に複数の妻を娶られたら複雑な心境になることは想像に難くなかった。  しかし、素直にそう伝えるのはなんだか気恥ずかしいし、何より嫉妬深い男だと思われそうで、「事情があれば、他に妃を娶っても仕方ないことだと思います」と理解あるような返答をした。  それなのに何故だろう。サイードの表情は不満そうだ。 「少しは距離を縮められたかと思っていたが……いや、まあいい。確かに我が国は一夫多妻制だが、俺は君以外の伴侶を娶るつもりはない」 「どうしてですか」 「伴侶の扱いなんて一人でも手が余るのに、それを何人も娶るなんて、少なくとも俺にはそんな甲斐性はない。それに……」  サイードは何かを言いかけて、けれどはっとしたように口をつぐんだ。その表情には暗い影が落ちたように見えたが、それはほんの一瞬のこと。気のせいだったろうか、とクラークはこの時は言及しなかった。 「まあともかく。クラーク、勝負に勝ってくれ。君以外の女性と一夜をともにするなんてごめんだ」 「う……が、頑張ります」  そう応え、クラークは「じゃあ、失礼します」と執務室を後にした。台所で昼食をささっといただいて、その足で向かったのは農作業をする村人たちの下だ。午後からも手伝うと伝えていたので、事情があって無理になったと断りを入れるためだった。 「すみません、お手伝いできなくなってしまって」 「いいんですよ、気にしないで下さい。聖帝様に農作業を手伝わせること自体が、申し訳なく思っていたんですから」 「いえ、またお手伝いをさせて下さい。楽しんでいますから。では、失礼し……あれ? そういえば、午前中は化粧をされていたのに今はしていませんね」  女性タナル人の顔を見て、クラークは目を瞬かせる。彼女は毎日きちんと化粧をしているのだが……今はすっぴんだ。それも、頬が赤らんでいて、肌が荒れているように見える。  彼女は困ったように笑った。 「ええ、実はまたニキビができまして。今までは化粧で隠していたんですが、あまりにもひどいものですから、肌を休ませるために昼休憩時間に化粧を落としたんですよ」 「そうだったんですか。それは大変ですね」 「お肌が綺麗な聖帝様が羨ましいですよ。どうにか、ニキビを治す方法はありませんかねえ」 「――おい、くだらない話で聖帝様をお引き止めするな」  彼女の夫が遠くから声を張り上げて言い、彼女ははっとしたように「あ、用事があるというお話なのにすみません」と頭を下げた。「いえいえ」とクラークはにこやかに返して、「じゃあ、また」とその場から立ち去っていく。  再び家へ向かいながら、「肌荒れを治す方法、か」とクラークは呟いた。 (ニキビを治すには、まず肌を清潔にすることが大切だけど……直接、肌に消毒液を塗るんじゃ、刺激が強すぎるだろうしなあ)  もっと、マイルドに殺菌する方法はないだろうか。  つらつらと考えながら歩いていると、気付いたらハーブ園の前まできていた。このハーブ園は村でもハーブティーが飲めるように、クラークが緑魔法でタナルの気候に適したハーブをチート栽培して作ったものである。今は村人たちが管理している。  クラークは足を止め、今度はファティマとの勝負について考え込んだ。 (ハーブティーじゃ、目新しい特産物にならないよなあ……って、ん? ハーブ?)  そうだ、とクラークは天啓が閃いた。今のところタナルで『あれ』を見たことはないし、村のハーブを使えば一応はヒデナイト地方の特産物になるだろう。 (よし。『あれ』を作ろう)  そうと決まったら、早速材料を集めなければ。  ちなみに材料は、植物灰と植物油と水、そしてハーブだ。それらを混ぜたものを塩で固めたら、出来上がりである。 (ん? なんか、視線を感じるな……)  材料を集めて台所で『あれ』を作っていると、窓から視線を感じてクラークは振り向いた。すると、窓から中を覗き込んでいた人影が、慌てて身を隠して逃げるように立ち去っていくのが見える。 (ファティマさんの傍仕えの人じゃん。敵情視察ってやつ?)  それでもまあいいか、とクラークは特に焦ることはなかった。クラークが何を作ろうとしているか、正確には分からないだろうと思ったからだ。  そしてそれはその通りだったのだが――一週間後。クラークとファティマ、それぞれ商品を持ってエラムに渡したところ、エラムは目を瞬かせた。 「石鹸、ですか。お二人とも、同じ日用品を選ばれたのですね」  そう、なんとファティマもクラークと同じく固形石鹸を作ってきたのだ。それにはクラークは呆気に取られた。敵情視察された時に固形石鹸を作るつもりだとバレたとは思っていたが、まさか同じ物を作ってくるとは。  しかも。 「ファティマ様の石鹸は『聖帝の水のアロマ石鹸』という品名ですね」 「はい」  ファティマは勝ち誇ったような顔でクラークを見る。いやいや、恋敵のネームバリューを利用するんかい、とクラークは心の中で突っ込みを入れた。  そんな突っ込みを察したのかは分からないが、ファティマは腕を組んで言う。 「卑怯だなんて言わないわよね?」 「……ええ、まあ」  プライドはないのか、とこれまた突っ込みを入れたくはあるが。  エラムもなんとも言えない顔をしたが、すぐにクラークの品名を確認した。 「コホン、クラーク様の石鹸の品名は『ヒデナイトの石鹸』でよろしいですか?」 「はい」  我ながらネーミングセンスに捻りがないとは思うが、ヒデナイト地方の特産物の候補にするという話だから、『ヒデナイト』という言葉は入れた方がいいのではないか、と考えたのだ。だが、ファティマの品名の方が真新しさは感じるなあ、と素直に思う。 「では、お二人の石鹸を両方、十一人の村人に配り、また一週間後にどちらの石鹸がよかったか投票してもらうという形になります。公平性をきすためにどちらがどの石鹸を作ったのかは村人たちには伝えません。それでは、一週間後までお待ち下さい」  そうして、戦いの火蓋は落とされた。

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