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第15話 勝負の行方

 あっという間に一週間は過ぎた。  クラークが作った石鹸と、ファティマの作った石鹸。二つの使い心地を試した村人たちが投票する日が訪れ、結果は――。 「ど、どうして……!?」  ファティマは愕然とした顔で投票結果を見下ろした。地面に石鹸の品名を書き、そこへ気に入った石鹸の方に石を置いて投票するという形式をとったのだが、なんと投票石はすべて『ヒデナイトの石鹸』、つまりクラークが作った石鹸に集まっていたからだ。 「同じ固形石鹸じゃない! それに私が作った石鹸の方が芳香剤をたっぷり使っていていい匂いがするのに、どうしてあんたの方に全部投票がいくの!?」  金切り声を上げるファティマに、クラークはネタバラシをすることにした。 「同じ、ではありませんよ」 「何を言っているのよ。どう見ても同じ固形石鹸……」 「いえ、私が作ったのは『薬用石鹸』です」 「……やくよう?」  聞き慣れない言葉なのだろう。首を傾げるファティマに、クラークは「肌荒れを治す作用のある石鹸という意味ですよ」と大雑把に説明した。  クラークが固形石鹸を作る時に入れたハーブ。それはソコトラアロエという、タナルにも自生するアロエだ。抗炎作用、抗菌作用、血行促進、美肌効果など様々な効果があり、その効能を利用して薬用石鹸を作ったのだ。  顔に使ってもよし、体に使ってもよし。タナルの乾燥した気候では肌荒れしやすいことから、主に女性からそれなりに需要が見込めるのではないかと思う。  エラムは感心したように「さすがですね、クラーク様」と称賛した。 「では、勝者はクラーク様とします。異存はありませんね、ファティマ様」 「……はい」 「それでは、実家へお帰り下さい。サイード殿下のこともお諦めになるように」  優しく諭すようにエラムが言うと、ファティマは「うう…っ……」と涙をこぼしながらその場に崩れ落ちた。傍仕えの女性二人が、「ファティマ様っ」と慌ててファティマに駆け寄る。  わんわんと泣くファティマに、クラークもエラムも眉尻を下げた。よほど、サイードの花嫁になりたかったらしい。ほんの少し同情する気持ちが湧いてきた、と思ったら。 「わ、私の色香で既成事実を作って、結婚を迫る算段が…っ……」  ――逞しいな、このお嬢様。  発想は理解できるが、サイードが聞いたらドン引きしそうだ。この場にサイードが居合わせていないことが幸いと言えよう。  クラークはファティマの前まで近付いて、すっと手を差し出した。 「せっかくのお召し物が汚れてしまいますよ」 「うるさいっ」  ぱあん、と手を払いのけられる。ファティマは地面に蹲ったままだ。そんなファティマの前に、クラークはしゃがみ込んだ。 「どうして、そんなにサイード殿下のことがお好きなんですか?」 「……あんたに話す筋合いはないわ」 「それならそれで構いませんけど。でも、話していただけたら、側妃として娶ってはどうかとサイード殿下へお話してみますが」 「え?」  ファティマは涙に濡れた瞳で、クラークを見上げた。泣き顔といったら本来はそう美しいものではないだろうが、ファティマの顔は泣き顔でもなお可愛らしい。成人したらきっと、さぞ美しいお嬢様に成長するのだろうな、と思わせられる。 「ほ、本当に?」 「実際に娶るかどうかを決めるのはサイード殿下ですが」 「それでもいいわ! なんだ、あんた、話が分かる上にいい人だったのね!」  コロッと手の平返しだ。けれど、無邪気に笑う顔が不快感を抱かせない。まあ、教皇とは違って、大した仕打ちをされていないこともあるだろうが。  ファティマは目元の涙を拭い、クラークの手を取って立ち上がった。 「お話するわ! だから、是非とも殿下に進言してちょうだい!」 「分かりました。それでどうしてそんなにサイード殿下のことを?」 「それはね――」  ファティマは長々と語った。幼い頃に実家へサイードが訪問してきた時に一目惚れしたこと、一緒に遊んでいたら転んで膝を擦りむいたところをサイードが手巾で応急処置してくれたのでますます惚れたこと、などなど。 「殿下は理想の王子様なの! だから、なんとしてでも結婚したいのよ!」 「……理想の王子様、ですか」  うーん、と思う。確かに猫かぶりモードのサイードは、王子様っぽいだろうか。素のサイードは基本的に仏頂面で、口調も俺様キャラっぽいけれど。  ともかく、ファティマは恋する乙女全開で、結婚したいのもだからだろう。ファティマもまた、王妃という地位が目当てというわけではなさそうだ。 「では、今夜サイード殿下にお話してみます。もし、側妃として娶ることになったら、サイード殿下から連絡がいくでしょう」 「分かった! このまま家に帰って連絡を待つわ!」 「……再度言いますが、娶ると決まったわけではありませんからね?」 「分かっているわよ。ダメなら諦める。じゃあ、よろしくね!」  上機嫌で笑いながら、ファティマは傍仕えの女性たちを引き連れてその場を立ち去っていった。本人が言っていた通り、実家に帰るのだろう。 「……あの、クラーク様」  それまで黙っていたエラムが、遠慮がちに口を開いた。 「サイード殿下に側妃を娶らないかと進言するというのは……ファティマ様を帰らせるための方便ですよね?」 「え? 本気で進言するつもりですけど?」 「ええっ!?」  目を見開くエラムは、「どうしてですか!」と珍しく語気を強める。側妃を娶る気はないとサイードが言っていたのに、何故だと思っていることだろう。  クラークは曖昧に笑った。 「えーっと、まあ……ダメ元で勧めてみようかな、と」 「ダメ元って……」 「まあ、いいじゃないですか。国王になったら子を残さなければならないお立場になるんですから、妃の数が多いに越したことはないでしょう」 「それはその通りかもしれませんが……サイード殿下が聞いたら、さぞがっかりするでしょうね」  なんとも形容し難い顔をして言うエラムに、クラークは目を瞬かせた。 「がっかり? どうしてですか」 「本人からお気持ちをお聞き下さい。はあ、最近いい雰囲気なのではと思っていたのに、気のせいでしたか。サイード殿下もご苦労されますねえ」 「?」  他に側妃を娶ったらどうだと進言することが、そんなにも悪いことなのだろうか。分からない。  ともかく、勝負が終わったので、クラークはエラムとともに家へと戻った。仕事中だったサイードに勝利した旨を伝えると、 「本当か! よくやった、クラーク!」  と、ぱっと顔を輝かせた。よほど、ファティマに勝たれては迷惑だったらしい。  そう思うと……性格が悪いかもしれないが、ちょっと嬉しく思う自分がいる。相手がクラークだったらいい、というのがなんだか特別に思われているようで。 『あんたは殿下のことが好きなの?』  ファティマに投げかけられた問いかけ。  多分、そうだ。クラークはサイードのことが『好き』なのだろう、と思う。  それでも、ファティマのことも娶ったらどうだと進言するのは――自分に自信がないからだ。  サイードよりも三つも年上で怠け者だったクラークと、若く可愛い、そしてこれから美しく成長するだろうファティマ。普通、どちらを選ぶかなんて分かり切っていることだ。  今は大国シムディアから聖帝を娶らねばという義務感からクラークを選んでいても、将来的には絶対にファティマがいいと思う日がくる。  だから、ファティマのことも娶って構わないと言うのだ。自分が傷付かないように、心に予防線を張って。  ――本当にそうなったら、心の奥では嫌だと思っていても。

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