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第16話 王家の秘密

(なんだか、どきどきする……)  その日の夜。  寝間着姿のクラークは広い寝台の上で正座をしていた。クラークがファティマとの勝負の勝者ということで、サイードと一夜をともにする権利を得たため、サイードがくるのを待っているところだった。  サイードと寝所をともにしたのは、タナルにやってきて数ヶ月間だけ。当時のサイードはまだ子供で意識していなかったが……まあ、今のサイードだって手を出してくるとは思えないが、それでも今のクラークからしたら立派な男性だ。緊張するな、という方が無理な話だった。 (ファティマさんのことを話さなきゃな)  痛む胸を押さえつつ、サイードがくるのを待つこと数十分。村の簡易公衆浴場で入浴してきただろうサイードが、とうとうやってきた。ちなみにここはサイードの寝室だ。 「クラーク。どうした、正座なんてして」  目を瞬かせるサイードに、クラークは「なんとなくです」と曖昧に笑った。緊張して気分が落ち着かなかったから、とは素直に言いづらい。  クラークのところまでやってきたサイードは、寝台の端に腰かけた。 「それにしても、君が勝ってくれて本当によかったよ。よく頑張ったな」  ぽん、と頭の上に手を置かれて。クラークは頬を赤らめる。「……ありがとうございます」と小さな声で応えた。 「あの、サイード殿下」 「ん? なんだ?」 「ファティマさんのことなんですが……」 「ファティマにまた何か言われたか?」  気遣わしげな顔をするサイードにクラークは「いえ、違います」ときちんと否定してから、意を決して口を開いた。 「ファティマさんを側妃に娶るおつもりはありませんか」  それにはサイードは、また不満げな顔をした。その理由はクラークにはよく分からなかったものの、話を続ける。 「サイード殿下はいずれ国王となられる御方です。子を残さねばならないお立場になるのですから、妃の数が多いに越したことはないのではないか、と」 「俺は君以外の伴侶を娶るつもりはない、と言ったはずだが?」 「でも……」 「それに仮に側妃も娶って子を作り、王位継承者が増えれば、それだけ王位争いが起こる確率が上がる。それは避けたいことだ」  そう語るサイードの横顔にはどこか陰りがあって。おかしいな、とクラークは思う。クラークが知る限り、タナルの王子はサイードしかいないはずだが。それとも、タナル国王の代で実際に王位争いが起こったのだろうか。  そういえば、と思う。以前もクラーク以外の伴侶を娶るつもりはないと話した時に、他にも理由があるのか何か言いかけていた。そしてその時の表情もどこか陰りがあったことを思い出す。  踏み込んだ質問になるかもしれないと思ったが、気になったクラークは訊ねた。 「あの……王位争いが起こったことがあるんですか?」 「………」  サイードはしばし沈黙したが、クラークになら話してもいいと思ったのだろう。「ふう」と息をついて、「これから話すことは口外しないように頼む」と念を押してから話し始めた。  曰く、王婿だったサイードの亡き父は、タナル国王に婿入りしてからなかなか妊娠しなかったらしい。そのため、子を産めない体なのではないか、それは大変だ、ということでタナル国王は第二夫人として側妃も娶ることになったのだそうだ。 「彼女はすぐに妊娠した。それもめでたく次期国王となれる男児で、確か……ラシードといったか。俺の異母兄に当たる彼がずっと第一王子だったんだ。彼が父上の後を継ぐ予定だった。――俺が生まれる日まで」  まさか、と思う。今は王宮に存在しないラシード王子。正式な王妃にも息子が生まれたことで、母ともどもどこかに追放されたのだろうか。  そんな予想を、サイードの話は悪い意味で超えた。 「第一夫人にも男児が生まれた。ならば、俺こそが次期国王となるべきだろう。なら、ラシード王子のことはどうする。第二夫人のことも。そう文官たちは考えた末――母子ともども暗殺することにした」 「あ、暗殺!? そこまでするんですか!?」 「ラシード王子は優秀だっただけに、国が二分することを上層部は恐れたんだ。生きているとなったら、誰かがラシード王子を担ぐ可能性もあるからな」 「だからって……」 「ああ。俺もひどい話だと思う。亡き父がなかなか子を授からないからといって娶って子作りしておきながら、いざ俺が生まれたら暗殺するんだなんてな。非常に腹立たしいし、虫唾が走る話だ」  本当にあんまりな話だ。ただただ痛ましい。そうとしか言えない。 「それで……サイード殿下は、私以外を娶る気はない、ということですか」 「そうだ。俺の異母兄のような末路を辿る子を作りたくはない」  そういう話を聞いてしまうと、クラークとしてもそれ以上はファティマを娶ったらどうだとは言えなくなってしまった。クラークだって、そんな事態になってしまうのなら、側妃なんて娶るべきではないと思う。  ――だとしたら。 「……私が、婚約者の座を下りましょうか」  一夫一妻がいいというのなら、クラークが王婿になるべきではないかもしれない。ファティマにその座を譲るべきなのでは。  ついぽろっと口にしたクラークに、サイードは驚いた顔をした。 「どうして、そんなことを言う」 「側妃を娶れないというのなら、私が王婿になるべきではないでしょう。もっと、サイード殿下のことがお好きで幸せにできるような方が王妃に相応しいのではないか、と」 「……君は俺のことが好きじゃないのか?」  どことなく悲しげな顔をして訊くサイードに、クラークは押し黙る。好きです、と伝える勇気はなかった。ファティマよりサイードのことを好きだという自信もないし、何よりサイードに本当に好かれているとも思えず、そんなことは怖くて言えない。  意気地なし。  その自覚はあるが、怖いものは怖い。結局、クラークは「人として好ましくは思っています」と無難な返しをすることになった。 「本当にそれだけなのか」 「……サイード殿下だってそうでしょう」  自分たちはただの政略結婚だ。上辺だけの夫夫になるつもりはないだとか、『初めての愛』をクラークに抱けたらいいなだとか、言ってくれてはいたけれども、実際に好かれているようには感じられない。  サイードの手が、クラークの手の甲に触れた。覗き込むようにして、真っ直ぐとクラークを見つめて言う。 「俺は君のことが好きだ」 「人として、でしょう」 「違う。俺は婚約者として君が好きだ」 「……こんな私を、ですか?」  三つも年上で、可愛くも美人でもなくて、つい最近までは怠け者で。一体、どこに好きになる要素があるというのだ。信じられない。  そんな思いが顔に出ていたのかもしれない。サイードはそっとクラークの肩を抱き寄せて、申し訳なさそうな顔をした。 「すまない。婚約者の扱いなんてまるで分からないものだから……不安にさせていたか」  不安。その言葉は、すとん、と胸に落ちた。そうか、不安だったのか。サイードから好かれているかどうか、他の若く美しい女性を選ぶのではないか、と。  サイードに相応しい伴侶になりたいと前向きに考えていたはずなのに、容易くその心は不安で押し潰されていたようだ。なんとも、情けない話だった。 「これからはもっと、愛情表現を伝えるようにする。だから、婚約を取り消すなんて悲しいことは言わないでくれ」 「……はい」 「今夜は一緒に寝よう。ああ、と言っても、もちろん手は出さんが」  そんなわけで、クラークとサイードは寝台に並んで横になった。広い寝台といっても、二人が寝転がったら互いに距離が近い。密着しそうなほどの距離に胸がどきどきして、クラークはなかなか寝付けなかった。成長期前のサイードと寝所をともにした時は、そんなことはなかったのだけれど。  そして、そう感じていたのはクラークだけではなかったらしい。サイードはおもむろに体を起こして、寝台を下りた。 「サイード殿下?」 「……すまない。やっぱり別の部屋で寝る。このまま一緒にいると、理性が抑えられなくなりそうだ」  言われている意味が分からないほど、クラークも子供ではない。顔を真っ赤にして、立ち去っていくサイードの背中を見送った。 (……結局、俺の想いは言えなかったな)  サイードは真っ直ぐに想いを伝えてくれたのに、クラークは怖気づいたまま何も返せなかった。今度はサイードを不安にさせているのではないか、と心配に思う。 (いつか……伝えなきゃ)  俺もサイード殿下のことが好きです、と。

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