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閑 話 観光名所1
「我が地方の特産物はクラークが考案してくれた薬用石鹸にするとして、だ」
それから数日後。
地方領主としての顔つきをしたサイードは、難しい顔をして文机で頬杖をついている。おや、特産物を開発するだけでは物足りないのか、とクラークは目をぱちくりさせた。
「何か他にもヒデナイト地方には必要だと?」
「せっかく国土開拓して増やした地方だ。俺としては観光地化したい。その方が賑わうだろうし、一地方として収入源も期待できる。俺もいつまでも地方領主でいられるわけじゃないからな」
なるほど、と思う。サイードは自分が地方領主を退任した後でも、ヒデナイト地方がやっていけるように憂慮している、ということらしかった。
「温泉で他地方からも観光客を引くというのは?」
「確かに物珍しさから最初は観光客を呼び込めるかもしれん。だが、我が国には温泉に入るという慣習がないんだ。何度も足を運んでくれるか、そもそもきてくれるかも未知数だ。だから、もっと確実にきてもらえそうな観光名所がほしい」
「確実にきてもらえそうな観光名所、ですか……」
ふむ、とクラークは考え込む。確実にきてもらえそうな観光名所。タナル人にとってあまり突飛なものではなく、王道でありながら物珍しい観光名所といったところか。サイードの注文はなかなかに難しい。
同席しているエラムも、眉根を寄せた。
「それが分かったら誰も苦労しませんよ。ひとまず、公衆浴場と薬用石鹸を売りにして、ダメなら他の手段を考えればいいのでは? あなたは些か思慮深すぎます」
ばっさりと切り捨てて提案するエラムに、けれどサイードは「我が領民の生活がかかっているんだぞ」とむっとして反論した。
どちらの言い分も間違っているとは思えない。よってクラークはどちらかに加勢するということはせず、中立の立場を貫くしかなかった。
「温泉を売りにしたいという点では考えが合致しているようですから、まずは観光客が宿泊できる宿屋をいくつか建ててはいかがでしょう」
クラークの提案はもっともだと、サイードもエラムも思ったらしい。「……そうだな」「……そうですね」と声を揃えて同意してくれた。両者は互いに見つめ合ってバチバチと火花を散らしていたが。
この二人の意見が割れるのも、別に珍しいことじゃない。ファティマとの勝負の件だってエラムが強引に推し進めたし、付き合いが長い分、遠慮なく物申せる気心が知れた関係なんだろう。
ともかく、それから宿屋の建設が進められた。宿屋には宿泊部屋だけでなく、飲食を提供する食堂やお土産を販売するお土産処も備え付けられる。それに伴ってクラークは村人と薬用石鹸の生産に取りかかり、忙しい日々を送った。
(うーん、いまいち華やかさが足りないよなあ)
数ヶ月後。
完成した宿屋のお土産処に薬用石鹸を陳列して、売り場全体を見ながらクラークは眉をハの字にした。陳列台に敷く布を落ち着いた茶系の色合いにしたからだろうか。地味というか、物足りないというか。もっと鮮やかな差し色がほしい。
どうすればいいのか色々と考えを巡らせ、前世の記憶にも遡ったところ――。
(んん? そういえば、宿泊施設にはよく花が飾られていたような)
修学旅行で宿泊した施設からだけの印象になるが。
そうか、花を添えればいいかもしれない。花というのは一輪あるだけでも華やぐ。荒れ地の国なので、タナル人にとってはなおさらそうだろう。
「ナディアさん。ちょっと外に花を摘みに行ってきますね」
一緒に作業しているタナル人の年若い女性ナディアにそう声をかけてから、クラークは建物を出た。一輪くらい咲いているだろうと思ったのだが、村中を探し回っても見つからず。結局、緑魔法を使って花を手に入れた。ちなみにイキシオリリオンという、荒れ地に咲く鮮やかな青い花だ。
入手した花を持って宿屋のお土産処に戻り、陳列台の中央にそっと添える。それを見たナディアは「わあ、いいですね」と明るく笑った。
「この村にも花が咲いていたんですね〜」
「あ、いえ……咲いていなかったものですから、私の能力を使いまして。考えてみると、草木しか生やしていなかったんですよねえ」
花を愛でる趣味がなかったクラークには、村全体に花を咲かせて美しくしようという発想がなかった。けれど、サイードはヒデナイト地方を観光地化したいとのこと。村の見映えをよくすることも必要かもしれない。
と、考えたところで。
(あ……そうか。思いついたかも。新しい観光名所の案)
タナル人にとってまるで突飛なものではなく、けれど物珍しさから観光客を呼び寄せられるような観光名所を。
家に帰ったらサイードに提案してみよう。そう決め、宿屋のお土産処に商品を陳列する作業を終えて家に帰ってすぐ、クラークはサイードがいる執務室に直行した。
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