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閑 話 観光名所2
執務室ではサイードが文机に座って地方領主としての仕事をしており、その護衛役兼補助役としてエラムも付き従っている。二人は顔を出したクラークを見て、優しく声をかけてきた。
「おかえり、クラーク」
「おかえりなさい。陳列作業、お疲れ様でした」
クラークは「ただいま戻りました」とはにかんで返してから、サイードの前まで進み出た。
「サイード殿下。お話があるのですが、今よろしいでしょうか」
「ん? 別に構わんが、改まってどうした」
「サイード殿下が以前お考えになられていた、新しい観光名所の案を思いついたんです」
「本当か?」
「はい。――花畑を作るというのはどうでしょう」
クラークの提案は予想外のものであったようだ。サイードは目を丸くしていた。
「花畑……というと、花がいくつも群生しているという、あの花畑か」
「そうです」
タナル人にとっても、花は馴染みのあるものだ。けれど一方で、荒れ地のこの国では花畑というのは物珍しいもののはず。これならば、サイードの理想とする観光名所となるのではないか。
花畑なら、ヒデナイト地方の由来である『自然の恵み』という言葉にも即したもののはずだ。
サイードよりも先に、エラムが口を開いた。
「それは名案かもしれませんね。花畑目当ての観光客を温泉で癒し、薬用石鹸をお土産に買ってもらう。いい流れになります」
「だが、今から花を植えてすぐに咲くわけではあるまい」
「最初は私が緑魔法で花畑を作ります。その後は村人の皆さんに手入れしてもらう必要がありますが」
クラークが魔法を使うという提案に、サイードはなんとも形容し難い顔をした。
「……また魔法、か」
「それがどうされましたか」
「う……いや」
珍しく歯切れの悪いサイードの心中を、くすりと笑いながら代弁したのはエラムだった。
「結局、クラーク様のお力を借りることになるのだと、己を不甲斐なく思っておられるのですよ」
「いやだからっ、勝手に代弁するなっ」
噛みつくサイードはエラムの言葉を否定しない辺り、図星であるらしい。別に不甲斐ないとは思わないが……やはりサイードは真面目な人だと思う。
サイードはしばし考え込んでいたが、何を優先させるべきかを見誤ることはなかった。申し訳なさそうな顔をして、クラリスを見る。
「君に頼りっぱなしで立つ瀬がないが……今は俺の面目よりも我が領民の生活を潤すことの方が大切だな。すまないが、クラーク。頼めるか」
「もちろんです」
クラークとて、村人たちの生活が安定するように最善を尽くしたいのは一緒だ。
翌日、クラークはサイードとエラムとともに、村から少し離れた場所に向かった。砂塵が舞う荒れ地に立ち、緑魔法を発動する。
すると、クラークの足元から放射状にイキシオリリオンが芽吹いて広がっていき、あっという間に花畑ができた。さながら青い絨毯といったところだ。
「クラーク様の魔法は、やはりすごいですねえ」
感心したようにこぼしたのはエラムで、サイードはその隣で「そうだな」と相槌を打ちつつも、居心地悪そうな顔をしている。クラークの魔法に頼ることがそんなにも気が引けるのだろうか。
(大した魔法じゃないし、私は別に気にしてないんだけどな……)
以前は聖帝としての力を振る舞うことを内心拒絶していたクラークだが、今はそれも苦じゃない。むしろこの力でサイードの力になりたいと思う。
「サイード殿下。いかがでしょう」
サイードの前まで引き返して声をかけると、サイードはまず感謝の言葉をくれた。
「ありがとう。美しい光景だ。これなら、観光客も満足してくれるだろう。……だが」
サイードは何か言葉を続けようとして、けれどやめてしまった。誤魔化すように愛想笑いを浮かべ、「さて、家に戻るか」とクラークに手を差し出す。
手を繋ごうということらしい。クラークは一瞬躊躇したが、おずおずとその手を取った。嬉しいやら、気恥ずかしいやら。
手を繋いで歩き出した二人を、後ろを歩くエラムは微笑ましそうな目で見つめている。
(なんか、緊張する……)
心臓がバクバクとうるさい。どうか、この鼓動の音がサイードに伝わってしまいませんように、とクラークは切に願う。
沈黙していると気が落ち着かず、クラークは「あ、あの」と口を開いた。
「また思いついたんですが、観光客に花冠をプレゼントするというのはどうでしょう?」
「花冠? 花を使って編んで作るという冠か?」
「はい。喜ばれるのではないかと。私の緑魔法があれば、無限に作れますし」
「………」
サイードはしばし押し黙る。
先ほどから、どうかしたのだろうか。
「……あの、先ほど何か言いかけたように思いましたが、なんとおっしゃろうとしたんですか」
実はサイードにとって満足のいく仕上がりではなかったのだろうか。そう思ったが、返ってきた答えは全く違う話だった。
「そのことか。嬉々として聖帝の力を振るう君を見ていて、なんとなく……怖いと思ってしまってな」
「怖い?」
「いつか無理をするんじゃないか、そしてそのまま先に逝ってしまうんじゃないか。そう思った」
「サイード殿下……」
サイードは、握る手にぎゅっと力を込めた。
「約束してくれ。くれぐれも無理はしないと。……俺を置いて先に逝かないでくれ」
早くに亡くなった生みの父の姿を、クラークに重ねているのだろうか。
切なげな眼差しを向けるサイードに、クラークは微笑んだ。
「大丈夫ですよ。私みたいな神経の図太い男は、長生きするものです」
ーーその後、イキシオリリオンの花畑は、公衆浴場とともにヒデナイト地方の観光名所となる。
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