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第17話 イルゲントの蝗害1

「うーん……どれにするか、迷いますねえ」  王都、宝石店にて。  クラークはサイードとともに、夫夫ペンダントにする宝石を選んでいるところだった。というのも、サイードが成人するまでもうすぐ一年を切るからだ。  ちなみにヒデナイト地方の管理はエラムに任せて、久しぶりに王都までやってきた。王都の街並みはやはり発展しているなあ、と思う。  ともかく、トレーに並べられた宝石を眺めていたクラークは、ふと見知った宝石を見つけて目を止めた。 「あ、これ……」 「ん? ダイヤモンドだな。ほう、見る目があるな」  感心したように言うサイードにクラークは目を瞬かせた。見る目があるというか、レオの記憶で知っている宝石なだけなのだが。 「えーと、お高いんですか?」 「まあ、そうだな。だが、俺が見る目があると言ったのはそういう意味じゃない。ダイヤモンドにはな、永遠の絆、永久不変、などの石言葉があるんだ。これほど夫夫ペンダントに相応しい宝石はないだろう」 「あ、なるほど」  そういう意味だったのか。  とはいえ、高いと言われるとこれを選んでもいいか躊躇う。王族の結婚品なのだから本来は国から経費が落ちるそうなのだが、サイードが「それでは俺が贈ったという気にならん」ということでサイード個人のポケットマネーから支払うことになっているのだ。  第一王子なのだからお金なんてたくさんあるだろうと思うかもしれない。けれど、真面目なサイードは必要経費以外に税金をもらったことはなく、ポケットマネーというのはヒデナイト地方領主として働いた給料のことを指す。  地方領主と言えども二年勤めただけそんなにお金が溜まったとは思えない。もっと安い宝石を選ぼうと思って他の宝石に目を移した、が。 「よし。ダイヤモンドにしよう」 「え?」 「このくらいの大きさなら俺でも買える。死ぬまで身に付ける宝石だ。縁起のいい石言葉の宝石を選びたいじゃないか」 「……サイード殿下がそうおっしゃられるのなら、いいですけど」  宝石選びはあっさりとダイヤモンドに決まった。ペンダントに加工してもらうように頼み、会計をし、クラークとサイードは宝石店を後にした。ちなみにもちろん、護衛の騎士も二人同行している。 「さて、宝石が決まったところで他に見て回りたいところはあるか? まだ君は王都の街を散策したことがないだろう」  言いながら、サイードはさりげなくクラークの手を握る。  以前、もっと愛情表現を伝えるようにすると言ってくれた通り、サイードはよくスキンシップをとるようになった。言葉では上手く言えないので行動で、ということらしい。  クラークも同じく行動で返そうということで、その手を握り返した。 「そうですねえ。一通り見て回りたいですけど……その前にジャミル陛下の下へ顔を出した方がいいのでは? もう二年近くお会いしていないでしょう。サイード殿下のことを心配していますよ、きっと」  ここ二年で成長期を迎え、ぐっと大人びたサイードを見たら驚きそうだ。愛情深そうなタナル国王のことだから、息子がこんなに立派になって、と感極まるかもしれない。  クラークの言葉に、サイードは「それもそうだな」と納得して、 「では、久しぶりに父上の下に行くか」  と、王宮へ向かうことになった。徒歩で三十分ほどかけて王宮に着き、門番に道を通してもらって王の間へと足を向ける。  謁見中ではなかったため、タナル国王とはすぐに面会できた。サイードが先頭を歩き、その後ろにクラークや騎士たちが続く。 「父上。サイードです」  サイードがそう名乗ると、玉座に座っているタナル国王は大層驚いた顔をした。すっかり大人の男性に成長しつつある息子の姿に、予想通り戸惑っているようだ。 「サ、サイード? 本当に?」 「クラークや睡蓮騎士団の騎士を連れているでしょう。今日は夫夫ペンダントの宝石を選びにきたのですが、父上にも顔を出しておこうと思いまして」 「そうだったのか! いやあ、大きくなったなあ! 立派になって!」  タナル国王の表情は、戸惑ったものから嬉しげなものに変わる。我が子の成長した姿を見るのは、親としては嬉しく喜ばしいことなのかもしれない、と親とは縁遠いクラークは冷静に思った。 「国土開拓の件は改めてご苦労だった。ヒデナイト地方もよく管理してくれている。とはいえ、何か困ったことはないか?」 「いえ、今のところ大丈夫です。村づくりは順調に進んでいますよ。そういう父上こそ、私が不在でお困りのことはありませんか?」 「私にはヨーゼフもいる。心配するな。……と、言いたいところなのだが」  タナル国王は眉をハの字にして、一旦そこで話を区切った。困ったような顔をしていることから、何か問題が起こっているのだと察せられた。 「サイード。隣国のイルゲントのことは知っているな?」 「はい。もちろん。イルゲントがどうかされましたか」 「それがな――」  続く言葉に、クラークもサイードも顔色を変えた。 (まさか、そんなことになっているなんて……)  タナル国王と謁見した翌日。  ラクダに揺られながら、クラークはサイードたちとイルゲントへと発っていた。王都からイルゲントの地までは比較的近いので、半月もあれば着くだろう。  ――イルゲントで蝗害が起こっている。  タナル国王からそう話を聞いた時、クラークもサイードも事の重大さを理解した。蝗害というのは、バッタの大量発生により起こる災害のことであり、増殖したバッタは草木を食い荒らすだけでなく、食料を求めて移動しながら作物を食べ尽くしてしまう。  つまりはイルゲントでバッタを止められなければタナル国内にも侵入してきて、タナルもまた深刻な作物不足に陥るということ。餓死する国民が出てきかねない。  もちろん、クラークの大聖帝としての能力で草木を生やしたり、作物をチート栽培したりできるのだから、バッタの群れに食い荒らされてもなんとかできるとは思うが、事前に食い止められるのであればそれに越したことはない。  というわけで、クラークはサイードたちとともにイルゲントへ向かっているのだ。  一般的に蝗害を収める有効的な手段はまだ見つかっていないとされている。それはレオの記憶でもそうだったのだが……一晩考えた末、あることを思い出したのだ。 『イルゲント全土に豪雨を降らせる?』 『はい。大聖帝の記憶から、長雨によって蝗害が終息したという記録があることを思い出しました。試してみる価値はあると思います』  クラークの言葉を聞いたサイードは、気遣わしげな顔をした。 『それは……君の体に負担はかからないのか?』  イルゲントも小国とはいえ、国中に雨を降らせる。それも半年間。そんなクラークの計画を聞いて、心優しいサイードが心配しないわけはなかった。  クラークとて、こんな大がかりな天魔法を駆使するのは初めてだ。不安がないと言ったら嘘になる。けれど、できることがあるのにやらないなんて、以前までのクラークから変わっていないじゃないか。  タナルの国民を救いたい、なんて大層立派な動機があるわけではない。クラークはただヒデナイト地方に住む身近な村人たちを守りたい、自分の人生を後悔のないように胸を張って生きたい、そして――。  クラークはぎゅっと胸元にある婚約ペンダントを握った。 『それなら俺が、君を愛そう。守ろう。俺が君の心の拠り所になる』  そう言ってくれた、サイードのために。

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